本探索1224、1225の『世界大思想全集』に続いて、春秋社から菊判の『大思想エンサイクロペヂア』も刊行されていく。しかしこちらも書誌的にいって全巻数の確認が難しいようで、『全集叢書総覧新訂版』では全二十一巻、『春秋社図書目録創業100年二〇一八年度版』では全三十四巻となっている。前者の根拠はその第一巻の『哲学(一)』に別冊として『大思想エンサイクロペヂア 総目次・参考書目一覧』が付され、全二十一巻の明細が挙げられているからだろう。それによってラインナップと内容を挙げてみる。
1 | 『哲学(一)』 | 山内得立「哲学概論」他五編 |
2 | 『哲学(二)』 | 木村泰賢「印度哲学」他五編 |
3 | 『哲学(三)』 | 深作安文「倫理学」他四編 |
4 | 『自然科学(一)』 | 岡邦雄「自然科学史」他七編 |
5 | 『自然科学(二)』 | 竹田時男「最近科学思潮」他六編 |
6 | 『宗教思潮(一)』 | 比屋根安定「世界宗教史」他五編 |
7 | 『宗教思潮(二)』 | 宇野円空「未開民族に於ける宗教思想」他七編 |
8 | 『東洋思想(一)』 | 三宅雪嶺「東洋思想概説」他四編 |
9 | 『東洋思想(二)』 | 井箆節三「日本思想史」他七編 |
10 | 『文芸思想(一)』 | 宮島進新三郎「文芸批評史」他七編 |
11 | 『文芸思想(二)』 | 金子馬治「芸術論」他八編 |
12 | 『美術・音楽』 | 金原省吾「東洋美術思潮」他八編 |
13 | 『社会学(一)』 | 長谷川如是閑「社会の本質」他七編 |
14 | 『社会学(二)』 | 西村眞次「文明史」他八編 |
15 | 『経済学(一)』 | 舞出長五郎「経済学概論」他七編 |
16 | 『経済学(二)』 | 高畠素之「経済学上に於ける主学設」他八編 |
17 | 『政治思想』 | 今中次麿「政治学概論」他七編 |
18 | 『法律学』 | 金森徳次郎「公法概論」他七編 |
19 | 『社会思想』 | 波多野鼎「社会思想史」他十三編 |
20 | 『社会問題(一)』 | 永井亨「社会問題概論」他八編 |
21 | 『社会問題(二)』 | 藤井悌『賃金政策』他六編 |
私が以前から所持していたのは1と3だけだったが、その後四冊ほど拾っているので、それも示す。
24 | 『思想家人名辞典』 |
29 | 『文芸辞典』 |
30 | 『社会辞典』 |
31 | 『経済辞典』 |
これらの巻数からいって、『春秋社図書目録創業100年二〇一八年度版』の全三十四巻が正しいように思われる。おそらく第一期全二十一巻は所謂「講座物」として編まれ、第二期十三巻は第一期「講座物」に対応するそれぞれの「エンサイクロペヂア」を意図して刊行されたのであろう。こららの「凡例」は「春秋社編輯部識」とあるが、29の『文芸辞典』には編纂は高須芳次郎、大木雄三に負うところが多いと記されている。
高須は『近代出版史探索』165、『同Ⅴ』843で既述しておいたように、新声社の初期同人で、新潮社の佐藤義亮とは盟友に近く、その高須が春秋社の「エンサイクロペヂア」に協力していたのである。それは『近代出版史探索Ⅲ』537などの高畠素之も同様で、28の『思想文芸辞典』、30の『社会辞典』、31の『経済辞典』の「凡例」には編纂を後援した高畠の名前に加えて、神永文三、小栗慶太郎、矢部周、井原糺、中保与作、谷川章、橋野昇、今村武雄、唐澤良夫、井原尚美たちが挙げられている。
『近代出版史探索Ⅲ』538でも既述しておいたが、神永、小栗、矢部は新潮社の高畠編輯「マルクス思想叢書」の訳述者で、小栗はカーン『マルクス資本論の展開』、神永はシンコヴィッチ『マルキシズムの崩壊』、矢部は未刊に終わったが、クローテェ『マルクスの唯物史観』を担当している。またその他のメンバーにしても、高畠の『社会問題辞典』(新潮社、大正十四年)の寄稿者、関係者だったと思われる。この七五〇ページに及ぶ大冊の辞典は入手していないけれど、『新潮社四十年』の書影には第九版とあり、ロングセラーとなっていたことがわかる。
つまりここに挙げられた人々はほとんどが売文社の関係者にして、高畠の門下で、大正十四年の新潮社の『資本論』全四巻の刊行、それに続く『マルクス十二講』や「マルクス思想叢書」といった企画に明らかなように、新潮社と高畠人脈の「マルキシズム」コラボレーションを象徴していたといえよう。それは田中真人の評伝『高畠素之』(現代評論社)が伝えているように、「売文社の同人たちの多くは定職を有していない者がほとんどであった。このため『御大高畠』としては、若い同志たちに糊口の機会を与えることが必要とされた」からであった。
しかし「マルクス思想叢書」の中絶、及び新潮社の円本『世界文学全集』への傾倒によって、新潮社と高畠人脈の蜜月は終わり、新たな「糊口の機会」を求めて、春秋社の『世界大思想全集』や『大思想エンサイクロペヂア』へと接近していったのではないだろうか。そのために双方の企画が第二期として延長されていったように思える。
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