出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話783 「記録文学叢書」、前田河広一郎『サッコ・ヴァンゼッティ事件』、井伏鱒二『ジョン万次郎漂流記』

 前回の井伏鱒二『多甚古村』の巻末広告に、「直木賞受賞作品」と銘打たれた『ジョン万次郎漂流記』が掲載されていることを既述していた。それは一ページジ広告で、菊池寛の「直木賞も井伏君の『ジョン万次郎漂流記』を得て、新生命を招き得たと思ふ」を始めとして、白井喬二、久米正雄、大佛次郎などの絶賛に近いオマージュが寄せられている。
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 この『ジョン万次郎漂流記』は昭和十二年に河出書房の「記録文学叢書」の一冊として出されたものである。これは入手していないけれど、その前に刊行された前田河広一郎の『サッコ・ヴァンゼッティ事件』は架蔵しているので、そこに見える既刊の九冊を挙げておきたい。それは『日本近代文学大事典』にもリストアップされているが、こちらは前田河の著作における記載によるので、8と9は近刊とあるし、その著作を含め、タイトル表記が異なることを付記しておく。

1 豊島与志雄 『メデュース号の筏』
2 木村毅 『ゴールドラッシュ』
3 黒田礼二 『妖姫ロラ・モンテス』
4 綿貫六助 『探偵将軍アカシ』
5 飯島正 『バウンティ号の叛乱』
6 石黒敬七 『写真術発明奇談』
7 前田河広一郎 『サッコ・ヴァンゼッティ事件』
8 井伏鱒二 『ジョン・マンジロウ漂流記』
9 森下雨村 『ガスパール・ハウゼル』

 これは既刊分だが、近刊予定は30まで続いていて、その中には木木高太郎『怪物マルキ・ド・サド』、小栗虫太郎『倫敦塔奇譚』、丸木砂土『サッヘル・マゾッホ』などもあり、異端文学も包括する多彩なノンフィクション集成の企画だったことがわかる。もっともそれゆえにこそ、時代もあって読者も限定され、中絶してしまったのかもしれない。

 まず前田河の『サッコ・ヴァンゼッティ事件』にふれておけば、これは「廿世紀最大不祥事」とサブタイトルが付されているように、アメリカ裁判史上の汚点ともいうべき事件をテーマとしたものである。イタリア移民のサッコとヴァンゼッティはアナキストとして無実に罪に問われ、電気椅子による死刑を宣告される。この事件はその半世紀後の一九七〇年に、ジュリアーノ・モンタルド監督の『死刑台のメロディ』として映画化に至る。だが当時の前田河の「はしがき」によれば、同事件を題材とするシンクレア・ルイスの『ボストン』(未訳)を参照し『サッコ・ヴァンゼッティ事件』を書きあげたようだ。
死刑台のメロディ

 このフォーマットは四六判上製、一三三ページ、定価五〇銭、装幀はモダニズム的な斬新さを感じさせるが、装幀者の名前はない。「記録文学叢書」はこの一冊しか見ていないけれど、おそらくそれを踏襲しているはずだ。『ジョン万次郎漂流記』は『サッコ・ヴァンゼッティ事件』の次回配本として出されたのである。

 それが問題とされたのは猪瀬直樹の『ピカレスク』(小学館、平成十二年)においてだった。猪瀬はこの井伏の「『ジョン万次郎漂流記』には重大な問題が隠蔽されていた」として、その種本の存在を挙げている。そのことにふれる前に、ジョン万次郎をラフスケッチしておく。江戸時代末期に土佐の漁師たちが遭難して漂流し、アメリカの捕鯨船に救出されるが、その中に中浜万次郎という十四歳の少年がいて、英語や数学、航海術や測量術も取得し、ペリー来航の三年前に帰国する。それから万次郎は幕府に取り立てられ、通訳として咸臨丸に乗り、再渡米し、明治維新後は帝国大学の前身の開成学校に教授として迎えられる。
ピカレスク

 猪瀬によれば、万次郎は自伝を書いてはいないが、晩年に息子の中浜東一郎が聞き書きし、記録類を集め、昭和十一年に『中浜万次郎伝』(冨山房)を著した。それと井伏作品との異同が「枚挙にいとまがない」とする。その事情は井伏が「生活のための雑文書きの延長の仕事」として引き受け、その前年刊行の『中浜万次郎伝』を参照しておらず、別のテクストによっていたからだと述べ、詳細を明らかにしていく。

 テクストとは、明治三十三年が五月に博文館刊の「少年読本」シリーズの第二十三巻で石井研堂が著した『中浜万次郎』であった。井伏の『ジョン万次郎漂流記』にある記録との食い違いは、すべて石井研堂の『中浜万次郎』に見られる食い違いと一致する。『明治事物起原』の著者として知られる石井研堂が、ジョン万次郎の評伝を書いたころは伝記的な資料が貧しかった。だから間違いが多いのは仕方がない。息子の中浜東一郎が正確な評伝を著わすのは万次郎の死より三十八年後であった。
 井伏が中浜東一郎の『中浜万次郎伝』を読まずに、石井研堂の『中浜万次郎』を種本としたのは明白であった。

明治事物起原
 そして猪瀬は石井と井伏の書き出しの比較検討から始め、次のように結論づけている、

 ほぼ前篇が文語体の語体に直して仕上がっている。分量的には七割が同一、残りの三割のうちの二割は一般の歴史書に示されている当時の幕末日本の国際環境についての概説である。シーンや会話を創作して読みやすく工夫したところは一割にも満たない。

 猪瀬は『ピカレスク』において、『ジョン万次郎漂流記』だけでなく、井伏の代表作「山椒魚」にしても、ロシアのシチェドリンの「賢明なスナムグリ」だと指摘している。猪瀬はその収録を示していないが、シチェドリンは大正時代に五冊の翻訳が出ている。

 私は石井の『中浜万次郎』もシチェドリンの「賢明なスナムグリ」も未読なので、猪瀬の問題提起にこれ以上踏みこまないが、井伏研究者からの反論は出されているのだろうか。

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古本夜話782 井伏鱒二『多甚古村』、河出書房、「書きおろし長編小説叢書」

 本連載771の『日本語録』で、保田与重郎の著作への言及はひとまず終えるし、しかもそれが「新潮叢書」収録でもあり、これから戦時下の小説叢書類を取り上げてみたい。  
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 本連載767の河上徹太郎の『道徳と教養』において、彼が『東大新聞』(昭和十四年十一月八日)に寄せた井伏鱒二『多甚古村』の書評が収録されている。そこで河上は寒村の若い巡査の駐在日記である『多甚古村』を、「此の作者の近来の傑作」と評し、井伏のセンスについて、「その古風な無学な田舎者めいた扮装にも関らず、都会的で、文学的で、近代人の感覚」を有しているとし、日本的というよりもチェーホフやフィリップと同じ資質を見ている。
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 この『多甚古村』の単行本が手元にあり、裸本だが、『日本近代文学大事典』の書影には、その本扉が掲載されているので、確認してみると、まったく同じだった。昭和十四年七月発行、十一月七版で、毎月のように版を重ねていたとわかる。その下には「外地二円/定価一円八十銭」との記載も並び、昭和十年代にあって、あらためて現代小説も「外地」を流通販売市場としていた事実を喚起させてくれる。

 これは本連載775で少しばかりふれておいたが、『東京堂の八十五年』によれば、ほとんどが東京堂を取次とする満洲書籍雑誌商組合の組合員数は昭和三年に五六店、八年には一一〇店、十五年には二二八店を数え、それらの出版物販売額は日本の全売上高の七、八パーセントを占めたとされる。昭和七年に満州国が誕生してから、ハルピンだけでも日本人の市民人口は昭和十年を境として急増し、十万人を数えるに至り、その他にも軍隊の存在から考えても、昭和十年代には絶好の出版物市場となっていたとわかる。

東京堂の八十五年  

 そのことはさておき、これは奥付を見て知ったのだが、鈴木信太郎の装幀による裸本表紙に版元名が記されていなかったことから、『多甚古村』は新潮社刊行だと思いこんでいた。ところがそれは河出書房で、巻末広告にあるように、井伏はやはり河出書房から昭和十二年に『ジョン万次郎漂流記』、十三年に『さざなみ軍記』を出し、前者で第六回直木賞を受賞している。いってみれば、この時代に井伏は河出書房と併走していたと見なしていい。それに先の河上の絶賛に値する井伏の小説が、多くの「外地」の読者を得たことは想像に難くないし、『多甚古村』のほぼ毎月の増刷はその事実を示しているようにも思える。

 河出書房が社史も全出版物目録も刊行していないために、それらの戦前の文芸書出版に関する具体的な言及を見出せないでいるが、昭和二十年代の『現代日本小説大系』全六十五巻の成立にしても、改造社からの『文芸』を引き継いでいたことに加え、そうした戦前の文芸書出版の蓄積を抜きにして語れないだろう。それも戦前は多くのシリーズや叢書によって支えられていたようで、『多甚古村』の巻末広告にも、「書きおろし長編小説叢書」として、『日本近代文学大事典』に解題と明細がリストアップされているが、その明細は依拠する資料によって異同が生じてしまうし、叢書ナンバーもふられていない。したがってここでのナンバーも便宜的なものである。
現代日本小説大系 日本近代文学大事典

1 島木健作 『生活の探求』
2   〃   『続・生活の探求』
3 阿部知二 『幸福』
4 伊藤整 『青春』
5 林房雄 『太陽と薔薇』
6 村上知義 『新選組』
7 立野信之 『恋愛綱領』
8 室生犀星 『作家の日記』
9 丹羽文雄 『豹の女』
10 葉山嘉樹 『海と山と』
11 石川達三 『ろまんの残党』
12 川端康成 『南海孤島』
13 豊島与志雄 『歴史のない男』
14 武田麟太郎 『空模様』
15 高見順 『肢体』

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 11以後は近刊とされているけれど、刊行されていない。また井伏と同じく「題未定」として、岸田国士、坪内譲治、伊藤永之介、伊藤整、尾崎士郎、石坂川洋次郎の名前も挙がっている。しかし『日本近代文学大事典』にはこの「叢書」に連なるものとして、二十余点が続けてリストアップされているけれど、そこにも伊藤の『典子の生きかた』が見えるだけである。それらはともかく、小説の内容に関して、1と2は本連載141、11は同468で論じていることを付記しておく。

 たまたまやはり河出書房の昭和十五年の和田伝『草原』を入手していて、その巻末には「書き下ろし長篇小説叢書」として、先の十冊の他に、深田久弥『知と愛』、里村欣三『第二の人生』、山本和夫『青衣の姑娘』が挙げられている。確かにナンバーもふられず、装幀も統一されていないので、どこまで「同叢書」に数えるのか難しいと思われる。それに『日本近代文学大事典』にしても、昭和五十年代になっての刊行であり、すでに三十年以上が経過していたことも影響しているのだろう。

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 それらのことを考えると、河出書房が社史と全出版目録を残してくれなかったことを残念に思うしかない。


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古本夜話781 ロンブロオゾオ『天才論』と辻潤

 前回のノルダウの邦訳『現代の堕落』には献辞名が省略されているが、ダイクストラが『倒錯の偶像』で指摘しているように、チェザーレ・ロンブローゾに捧げられている。それはロンブローゾたちの『女性犯罪者』(未訳)において、女性犯罪者たちが男性的な特徴を有し、それが女性退化の極端な見本、帰先遺伝の徴候にして原初の両性具有状態への没落だと示し、ノルダウに大きな影響を与えたことによっている。
倒錯の偶像

 このロンブローゾも十九世紀末思想において、精神病学者、刑事人類学者として、一つのトレンドをもたらした人物である。彼もノルダウと同じく、『世界文芸大辞典』の立項を引いてみる。
世界文芸大辞典 第一巻(日本図書センター復刻)

 ロンブローゾ Cesare Lombroso (1836-1909)イタリアの精神病学者。彼の功績は刑事人類学を創始したことにある。犯罪の原因を神経中枢の器質的欠陥性と異常性に求めて生来性犯罪者説を確立した。彼の説に基いて今日の罪刑個別化主義が実施されたものである。この外天才と精神病者との類似性に就ての精細な研究を発表した。これが当時の教育学、倫理学更に進んで文学に及ぼした影響は実に大きかった。(後略)

 これを『倒錯の偶像』にならってさらに補足しておこう。ロンブローゾは犯罪者の人類学的研究を通じ、犯罪者における一定の身体的、精神的パターンを発展させ、犯罪の原因としての隔世遺伝論を提唱し、犯罪の個別化主義に根拠を与え、従来の応報的行為刑法から行為者刑法への転回をもたらしたとされる。この学説を引き継いだのがイタリア学派と呼ばれ、彼らはイタリアのファシズムの支持者ともなっていったのである。

 このようなロンブローゾの刑事人類学の著作は翻訳されていないけれど、その代わりのように「天才と精神病者との類似性に就ての精細な研究」は日本でも刊行された。それが「文献」として挙がっている辻潤訳『天才論』で、ここで改造文庫版が示されているが、手元にあるのは大正十五年のロンブロオゾオの同訳の春秋社版である。この『天才論』の結論をいってしまえば、先述の立項に示されているように、天才の生理学と狂人の病理学には多くの共通点が見出され、それは狂人が天才となり、天才が狂人となる事実を証明している。要するに天才にしても狂人にしても、 癲癇性に属する変質的心徴を有するもので、芸術家や文学者もその類似性を帯びている半狂者といえるし、宗教家もまた同様であって人類の進歩の貢献している。そして天才とはたまたま地上に現われ、忽然と消えてしまう流星のような存在なのだと。

 しかしノルダウにしてもロンブローゾにしても、戦後に新訳は試みられておらず、後者の「天才」の比喩ではないけれど、流星のように消えてしまったと見なしていい。ただあらためて辻潤訳の出版史をたどってみると、それが大正から昭和にかけてのロングセラーであり続けたことも事実であるし、辻をめぐる謎めいた出版史も浮かび上がってくるように思われるので、ここではそれをたどってみたい。

 昭和四十五年にオリオン出版社から高木護を編纂責任者とする『辻潤著作集』全六巻と別巻が出され、その別巻の『年譜』を見ていくと、『天才論』は次のように版元を移し、刊行されていたとわかる。
年譜

1 植竹書院「植竹文庫」 大正三年
2 三陽堂書店 同五年
3 三星社  同九年
4 春秋社  同十五年
5 改造社「改造文庫」  昭和五年

 前述したように、手元にあるのは4で、5は『世界文芸大辞典』に資料として挙げられていたが、それ以前に三種類が出ていたことになる。これらはもちろん未見だけれど、1の植竹書院は本連載218、2と3の三陽堂と三星社は同227でふれておいたように、植竹書院倒産後に紙型が特価本業界の三陽堂と三星社に譲渡されていたことを告げている。ちなみにこの三陽堂と三星社が同じ出版社であることも既述している。

 辻と特価本業界の関係は定かでないが、2によってリンクしていたように思われ、ここから大正七年にド・クィンシイ『阿片溺愛者の告白』、スタンレイ・マコゥア『響影〈狂楽人日記〉』という二冊の翻訳を出している。その前者が大正十四年に春秋社から刊行されたことで、4の『天才論』も続き、さらに昭和三年に同社の円本『世界大思想全集』第二十九巻に、同じく辻訳『唯一者とその所有』の収録に至った流れが理解できる。そして5の、昭和四年の『唯一者とその所有』の改造文庫化に続き、5も同様だったと判断できよう。

 このような辻の翻訳出版史は彼が神田の国民英学会出身であることと無縁ではないように思われるし、それの翻訳収入が少ないながらも彼の生活を支えていたのではないだろうか。そうして『唯一者とその所有』を収録した『世界大思想全集』のベストセラー化によって、一年に及ぶ息子のまこととのパリ旅行を可能ならしめたのである。

 なお『唯一者とその所有』のほうは戦後になって、片岡啓治訳で、現代思潮社の「古典文庫」の一冊として刊行されている。
唯一者とその所有


  
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古本夜話780 マックス・ノルダウ『現代の堕落』

 しばらくぶりで前々回「大日本文明協会叢書」にふれたこと、またかなり長きに渡って探していたその中の一冊を最近になって入手したこともあり、これも取り上げておきたい。

 それはマックス・ノルダウの『現代の堕落』で、大正三年に大日本文明協会から刊行され、第二期の四十八冊に属すために、菊判で、索引も含めて四六九ページに及んでいる。

 マックス・ノルダウに関して知ったのは、ブラム・ダイクストラの『倒錯の偶像』(富士川義之監訳、パピルス)においてである。そこでノルダウは十九世紀後半の進化する男たちに、性と人種差別に基づく先祖返りのコンセプトを提出し、それで大成功を収めた『退化』という一冊によって、世紀末の混迷する社会における様々な女々しき事象の隅々に至るまで、この退化の状態が浸透していることを訴えた。そして本連載117のヴァイニンガー『性と性格』とともに、十九世紀末思想に大きな影響をもたらしたとされる。
倒錯の偶像
 
 幸いにしてノルダウは本連載70の『世界文芸大辞典』にノルドーとして立項されているので、それを引いてみる。
世界文芸大辞典 第一巻(日本図書センター復刻)

 ノルドー Max-Simon Sudfeld Nordeau(1848-1923)ハンガリーのユダヤ系文学者。ブタペストに生れ、パリに死す。ブタペストで医学を修め、パリに来てから多くの著書を出している。近代文明、即ち世紀末文化の頽廃を非難攻撃した。就中『変質』“Dégénerescence”1893-94)が最も知られ、彼はこの中で、病理学的立場から、ドイツを除く他の諸国の人々の変質を指摘し非難した。彼によれば、近代人は凡て変質と言つてよく、心身共に不具であり、過度に感動的にして、気力なく、非活動的・夢想的・懐疑的・神秘狂的である。かうした彼の論旨は、各方面に多大な反響を捲き起こした。バーナード・ショーなどは『芸術の健全』“The Sanity of Art”で彼の所説を反駁した。(後略)

 さすがに『世界文芸大辞典』らしい立項で、戦後の『岩波西洋人名辞典増補版』よりも要を得て、適格である。

 ここに挙げられている仏訳『変質』がダイクストラのいうところの『退化』で、彼は一八九五年の英訳Degenerationを参照している。おそらくこの英訳が中島茂一=孤島によって抄訳され、大正三年に『現代の堕落』(Entartung)として出版されていたのである。しかもその「序」を寄せているのは坪内逍遥で、「一時欧州の論壇を騒がせし博士ノルダウの本著は、近世文芸の代表者を月旦したるものとしては、其の言う所矯激に過ぎて批判の正鵠に外れたりと雖も、所謂世紀末の時弊を剔抉せるものとしては、今更頗る研味するに足るものなり」と始め、十七ページに及ぶ異例の長さだといっていいし、当時のノルダウの著作の大きな影響と拡散を伝えていよう。それを補足するように、大日本文明協会による「例言」も、「一八九三年、本書の始めて世に出づるや、甲論乙駁、是非の論、欧羅巴の天地に喧囂として底止する処を知らざる状態なりき」とも述べている。それにひょっとすると、論旨はまったく異なるにしても、坂口安吾の『堕落論』のタイトルも、このノルダウの訳書に起源を求めることができるかもしれない。
堕落論

 それらはともかく、ノルダウの世紀末批判は多岐にわたっているので、私がゾラの「ルーゴン=マッカール叢書」の訳者でもあることから、第四篇「写実主義」における「ゾラ及ゾラ派」を見てみよう。ノルダウによれば、フランスにおける自然主義は終わりを迎え、ゾラの弟子たちはすでに離反し、ただゾラ一人だけがそれを認めずにいるけれど、その写実主義は誤りであった。それはただ描写の技術と印象主義に基づき、現実生活を描き、自らの小説を、その環境を観察し人間の科学的記録としているけれど、ゾラは実際に観察などしていないし、「一度も人生の満潮の中に跳ぶ込まざりしなり。彼は常に紙の世界に閉ぢ籠れり」。かくしてその小説は「新聞紙と書物とより唯、無茶苦茶に採り来れり」の産物だと指摘し、具体的に種本の存在を挙げていく。

『居酒屋』におけるパリの労働者の生活、風俗、習慣、言語はプーローの『ル・シュブリーム』、『ナナ』のミュファ伯爵の色情狂的特徴の描写は、オトウェーの『保存せられたるヴェニス』に関するテーヌの書、『愛の一ページ』の中に描かれた冒険は『カサノヴァ回想録』からとられ、「彼は他人の書物の中より、其所謂写真的なる材料を取り来れり」。

居酒屋 ナナ 愛の一ページ
 それに加えて、『金』を書くときには株式市場を見学し、『獣人』を書くに際しては汽車に乗って旅行し、その「皮相な観察」を配合し、色をつけて「実験的小説」として提出している。それはゾラがその土地や住民の生活の真相を知らずに書いていることを意味し、結局のところ、ゾラのすべては誤謬、虚偽ということなり、それらの虚妄は『ごった煮』『大地』の出来事や悪行に明らかだとされる。そして『ナナ』に代表される病的傾向を評して、「彼は全く変質者なり。彼の作物は変質の産物なり」との結論が出される。

金 獣人 ごった煮 大地

 ノルダウにかかってはゾラの綿密な資料調査や取材旅行、同時代と生活を描こうとする意図も、すべてが変質者による剽窃、皮相な観察となり、「ルーゴン=マッカール叢書」は「変質の産物」、つまり「退化」に位置づけられてしまうのである。そのような眼差しがユダヤ人に向けられた場合、ドレフュス事件が起きたことになり、ドイツにあっては何が起きたかはいうまでもないし、同じように「ラファエル前派」から始まるダイクストラの『倒錯の偶像』も、それをテーマとしていることを付記しておこう。


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古本夜話779 羽太鋭治、澤田順次郎『最近犯罪の研究』と天弦堂

 中村古峡の日本変態心理学会=日本精神医学会が、当時の「変態」というコードを通じて警察講習所などの権力構造とリンクしていたこと、及び『変態性欲』の主筆の田中香涯が羽太鋭治や澤田順次郎と並んで、「性欲三銃士」と称せられていたことを既述しておいた。ちなみに北野博美の『変態性欲講義』には参考文献として、両者の『変態性欲論』(春陽堂、大正四年)も挙げられていたのである。
変態性欲論 (『変態性欲論』)

 その羽太や澤田にしても、当然のことながら、警察などとの関係は生じていたはずで、大正五年に天弦堂から両者による共著として、『最近犯罪の研究』が出されている。二人の肩書は羽太が「ドクトル・メジチーネ」=医学博士、澤田は日本犯罪学会々員とあり、ここで彼らは「性欲三銃士」というよりも、同時代の専門の犯罪研究者としての姿を見せ、犯罪の原因や要素を分類し、犯罪者の体格や心理から生じる犯罪を分析し、それから不良少年と婦人の犯罪に言及していく。

 しかし田中を含め、「性欲三銃士」は本連載776の神谷敏夫『最新日本著作者辞典』にも立項されておらず、彼らはおそらく想像する以上に多くの本を出していても、発禁を伴うベストセラーメーカーだったことから、やはり広く社会的に「著作者」として認知されていなかったと見なせよう。

 その代わりといっていいのか、法学博士の花井卓蔵が「序」を寄せ、それは「三十余枚に及ぶ大論文」で、「例言」を記した澤田をして、「衷心肝銘せずには居られぬ」と感激させている。花井は拙稿「倉田卓次と『カイヨー夫人の獄』」(『古本探究』所収)でもふれておいたけれど、やはりフランスの裁判記録『カイヨー夫人の獄』にも「序」を寄せていて、同書において「鼇頭の評語」も付されていることも『最近犯罪の研究』と共通している。それらの事実、及び天弦堂の「発行者中村一六氏が利益を離れて、本書を出された篤志」との澤田の謝辞は、『カイヨー夫人の獄』などに連なるボランティア的法学書出版の系譜への信頼を意味しているのかもしれない。
古本探究

 この花井は「性欲三銃士」と異なり、明治から大正にかけての著名な弁護士で、多くの人名事典に立項されている。それは『現代日本朝日人物事典』も同様で、慶応六年広島県生まれ、明治二十一年英吉利法律学校を卒え、若くして刑事弁護人の第一人者とある。弁護士活動の他に衆院議員、貴族院議員として、長らく政界にもあり、その間に普選法実現のためにも尽力し、その一方で手がけた事件は一万件とされ、著名なものとして、星享暗殺事件、日比谷焼打事件、足尾暴動事件、大逆事件などがあり、社会主義や労働、農民運動絡みの事件の弁護を引き受けている。
[現代日本]朝日人物事典

 そのような花井の立ち位置もあり、『最近犯罪の研究』の「序」を引き受けたことになろう。そこでの花井の主張は、犯罪の原因が「病的と社会的境遇」の二種に求められるというものだ。病的犯罪は精神病者に多くあり、殺人、障害、放火、強姦、社会的境遇に基づく犯罪は窃盗、強盗、詐欺、文書偽造、横領などの財産に関するものといっていいし、無意識からの犯罪は「少年と老人と婦人」に求められる。その犯罪予防として、次のような政策が提案される。

 先ず犯罪の因つて起こる原因を究め、而してそれに対する適応療法を施すことが肝要である。即ち個人の徳義心を高めしむること、知能を啓発せしむること、良習慣と養成せしむること等で、これが犯罪の根本的予防である。而して之れを実行する方法としては、貧困者には産業を与へ、貧困の子弟は、特殊の学校に送り、不良少年は感化院に入れ、酒癖の悪い者は、酒容病院(日本には未だ無いけれども、欧米では盛んに行つて居る)に送り、精神病者は精神病院に入れ<<で、それぞれ治療を加ふることをせねばならぬ。此れ等は社会政策として行ふものであるが、完全なる社会政策は、犯罪を予防する上に於いて、大なる効果のあることを忘れてはならぬ。

 思わず、『監視することと処罰すること』を原タイトルとするミシェル・フーコーの『監獄の誕生』(田村俶訳、新潮社)を想起してしまったが、ここに日本における近代の精神病者と犯罪者、少年と老人と女性を含めた「監視することと処罰すること」の始まりと導入が宣言されていることになろう。そして必然的に、「変態」というコードを掲げる「性欲三銃士」たちも、この法的権力の下へと召喚され、併走していたのである。
監獄の誕生

 それはこれらの論文が『警察協会雑誌』や『監獄協会雑誌』に掲載されたものであることからも証明される。かくして澤田によれば、「本書は犯罪学、法学、医学、心理学、人類学、社会学及び教育学等の各方面より、犯罪の研究」となり、その「例言」の最後の一文がゴチックで、「此の書を、もと警察官たりし亡父の墓前に手向く」とあることを理解するに至る。

 この『最近犯罪の研究』も例によって浜松の時代舎で入手した一冊だが、ただその後、それ以外の天弦堂の本は目にしていない。


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