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24 ロス・マクドナルドと藤沢周平『消えた女』

ロス・マクドナルドの影響は日本のハードボイルドやミステリだけでなく、広範な分野に及んでいて、意外に思われるかもしれないけれど、時代小説にもその投影を見つけることができる。それは藤沢周平の「彫師伊之助捕物覚え」三部作の『消えた女』『漆黒の霧の中で』『ささやく河』(いずれも新潮文庫)である。

消えた女 漆黒の霧の中で ささやく河

さらに藤沢をゾラに引きつけていえば、ハードボイルドと異なり、「ルーゴン=マッカール叢書」とのダイレクトな関係はない。しかし彼も米沢藩をモデルとしているが、架空のトポス海坂藩を舞台とする多くの作品を書いている。残念ながら、ゾラのプラッサンが「南」であることに対して、「東北」ではあるが。そしてこの魅力的な海坂藩の詳細な地図は作者の藤沢ではなく、愛読者としての井上ひさしによって制作され、その詳細な城下図を目に収めることができる。それは『藤沢周平の世界』文芸春秋)などに収録され、『蝉しぐれ』(文春文庫)などの海坂藩サーガの道標となって、いつまでも記憶にとどめられるだろう。

藤沢周平の世界 蝉しぐれ

だが海坂藩サーガは別のところで語るとして、まずは「彫師伊之助捕物覚え」の第一作『消えた女』の物語へ入っていこう。それに何よりも『消えた女』というタイトルは、マクドナルドの世界における娘の失踪を想起させ、これが時代小説の体裁であっても、ハードボイルドの近傍にあることを物語っているからだ。

『消えた女』は版木の彫師伊之助が仕事を終え、親方の仕事場から帰る場面から始まっている。伊之助に関しても、まだ何の説明も加えられていないが、次のような江戸の町と人々の描写の中に、彼の置かれている位置が暗示され、ロサンゼルスの私立探偵と同様の孤独さがそれとなく浮かび上がってくる。

 外に出ると、日が落ちるところだった。日は町の高いところに移り、木の箱や寺の屋根瓦の端に、昼のかけらのような光を残しているだけで、町の底には白っぽい日暮れのいろがたまりはじめていた。その白い光の中を、夜の喰い物を買いに出た女たちや、仕事帰りの男たちが歩いていて、町は少し混みあっていた。(中略)
 前から来た職人の男が二人、声高に話しながらすれ違った。男たちの顔は、どこかに一日の働きの疲れをにじませていたが、足どりははずむように早かった。あっという間にすれ違って行った。家に、女房子供が待っている男たちの足どりだった。

この後に「色づいた柿の実」の描写もあるので、季節はやはり秋なのだ。
そして伊之助の過去が明かされていく。彼は奉公を終え、浅草の彫師のところで、一人前の彫師として版木を彫っていた頃、得意先の近所の寺で物盗り騒ぎが起き、岡っ引の弥八の仕事を助けたことがあった。それが縁となって、仕事の合い間に二年ほど弥八の手先を務めたことが、伊之助のその後の生き方を変えてしまった。弥八が引退するにあたって、その跡を継ぐかたちで自分も岡っ引になってしまったのである。伊之助は南町奉行所の定町回り同心の手札をもらい、仲間内でも凄腕の評判をとるほどの岡っ引になっていた。

身軽に仕事を変えたのは若くて無分別だったこともあるが、町の悪と向かい合う岡っ引が性分にあっていると思ったからだ。それと同時に、以前から好き合っていた おすみと所帯を持った。しかし夜も昼もないような岡っ引の仕事におすみは疲れてしまい、男と駆け落ちし、無理心中のかたちで死んでしまった。女房の裏切りと死に出会って、伊之助は岡っ引家業から身を引き、再び彫師に戻り、それからずっと裏店で一人暮らしを続けていたのである。

これらの伊之助のキャラクターに、ただちにマクドナルドのリュウ・アーチャーのイメージを思い浮かべることができる。元警官で、私立探偵となり、妻に去られた孤独な男として、アーチャーも設定されている。彫師という異なる職業を付され、アーチャーは伊之助として、藤沢周平に江戸の町へと召喚されたと考えていいだろう。藤沢は「ハメット・、チャンドラー・マクドナルドスクール」の愛読者で、「世界から詩を汲み上げる心情と深い人間洞察の眼、それと主人公のシニカルな心的構造が釣合って一篇のハードボイルドが誕生する」(『小説の周辺』文春文庫)と書いている。
小説の周辺

伊之助が裏店へ帰ると、年老いた弥八が薄暗い家の中で待っていた。弥八はこよりが結ばれた一本の簪を取り出す。こよりには「おとっつぁん たすけて」とただそれだけが書かれていた。その筆跡も簪も弥八の娘おようのものだった。弥八に背き、家出して博奕打ちと一緒になったおようが行方不明となり、見知らぬ子供がこよりを結んだ簪を届けてきたのだ。子供が頼まれた場所は迷路のように道が入りくむ売春婦や女衒たちの町で、夜には岡っ引も踏みこめない場所だった。

弥八の娘の失踪を機にして、伊之助は同心の手札を持たない岡っ引、すなわち私立探偵となり、江戸の町を探索していく。おようが一緒になっていたやくざ者を探っていくと、深川の賭場とそれを仕切る黒幕、幕府御用も請負う材木屋の高麗屋と色情狂の女房、作事奉行に破産に追いやられた三軒の材木屋、ながれ星という怪盗などが黒いつながりとなって、伊之助の前に次々と現われてくる。そして何度も襲われながらも、ようやく謎を解明し、悪場所で病に倒れ、路地奥の長屋の一室で寝こんでいたおようを発見する。彼女は別人のようにやせてしまい、子供のように軽く、伊之助が助けにきたとわかり、涙を流し始めた。その次に最後の一文が続いている。「おようはふるえながら、しっかりと伊之助の首に手をからませて眼をつむっていた。空き駕籠が来るのを待ちながら、伊之助は早春のひかりの中に立ち続けていた」。

このラストシーンもまた『縞模様の霊柩車』のクロージングを彷彿とさせ、また事件と物語が秋から早春にかけてのものだったことをあらためて思い起させるのである。

藤沢周平は第三作目の『ささやく河』の刊行に際して、次のように語っている。

 伊之助は、元凄腕の岡っ引で、逃げた女房が男と心中したという過去を引きずっており、(中略)この伊之助は岡っ引が職業ではない。過去のつながりでもってこつこつやっている。(中略)ハードボイルドの私立探偵の感覚です。でも正直に言いますとハードボイルドは少し無理なんで、江戸情緒とつながらないところがありますね。(中略)だからハードボイルドではそんなに強調しない方がいいのではないかという気もしますけれど、この連作の趣旨としてはそういったものが底のほうにあるわけで、よくも悪くもその設定が作品に影響していると思います。

ここに「彫師伊之助捕物覚え」三部作とハードボイルドの関係が率直に語られている。しかし伊之助の「過去の影」といい、「過去のつながり」といい、伊之助はハメットのサム・スペードやチャンドラーのフィリップ・マーロウではなく、明らかにマクドナルドのリュウ・アーチャーをモデルにしている。だから藤沢の「彫師伊之助捕物覚え」三部作は、アーチャーが織りなす世界を物語祖型にしていたと断言してかまわないだろう。

しかし唯一異なっているのは「彫師伊之助捕物覚え」が江戸時代を背景とする捕物帳特有の「季の文学」を形成していることで、先述したように『消えた女』は秋から早春にかけての物語であることがはっきりわかる。それに対して、アメリカのハードボイルドはカリフォルニアを舞台としていることもあってか、季節の推移はほとんど描かれず、よほど注意して読まないと、物語の始まりと終わりの季節がわからない。それが藤沢の語るところの「江戸情緒」を必然とする日本のハードボイルドとの差異ということになろう。

◆過去の「ゾラからハードボイルドへ」の記事
ゾラからハードボイルドへ23 マクドナルドと結城昌治『暗い落日』
ゾラからハードボイルドへ22 リンダ失踪事件とマクドナルド『縞模様の霊柩車』
ゾラからハードボイルドへ21 オイディプス伝説とマクドナルド『運命』
ゾラからハードボイルドへ20 ケネス・ミラーと『三つの道』
ゾラからハードボイルドへ19 ロス・マクドナルドにおけるアメリカ社会と家族の物語
ゾラからハードボイルドへ18 カミュ『異邦人』
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ゾラからハードボイルドへ16 『FAULKNER AT NAGANO』について
ゾラからハードボイルドへ15フォークナー『サンクチュアリ』
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ゾラからハードボイルドへ1 「ルーゴン=マッカール叢書」