2025-04-01から1ヶ月間の記事一覧
本日 70冊目の著書として、論創社ホームページに連載されたコラム「本を読む」を単行本化した『近代出版史探索外伝Ⅱ』が刊行となりました。小田光雄の著書ではめずらしく「本を読む」のタイトルどおり、少年期の農村の駄菓子屋兼貸本屋、町の商店街の貸本屋…
『祝祭』第2号 Ⅴ 不在の認識から出発し、その不在の現実を撃つために滅ぶべき運命にある短歌を手にして、悪意と殺意をこめて悪と死とエロチシズムの反世界を歌い、その果てに塚本邦雄は何処へ行こうとするのか。短歌の存在にみずからを賭け、その短歌の墓標…
『祝祭』第2号 Ⅳ 希望や夢を持って、愛や革命や未来について語れるものは語るがいい。塚本邦雄は希望や夢を持って、愛や革命や未来について歌わない。いやどうして現実の空無化に覚醒し、不在の淵を垣間見てしまった者が、夢や希望を持って、愛や革命や未来…
『祝祭』第2号 Ⅲ 塚本邦雄が出発にあたって、不在の現実を撃つために選択した表現手段である短歌とは塚本の裡にあって、どのような意味を持っていたのであろうか。〈虹見うしなふ道〉や〈泉涸るる道〉を久しく歩行して来た塚本が、〈みな海辺の墓地に終れる…
『祝祭』第2号 Ⅱ 塚本邦雄の出発における不在の、絶望の心象光景とは一体なんであったのだろうか。その塚本の心象光景を物語っているように想われる歌を示してみよう。 薔薇、胎児、欲望その他幽閉し ことごとく夜の塀そびえ立つ 『緑色研究』 虹見うしなふ…
『祝祭』第2号 Ⅰ ひとつの喪失の体験の後を生きながらえている人々がいる。世界の崩壊をまのあたりに見ながら生き永らえている人々がいる。不在の深淵を垣間見た人々がいる。現実の世界から滑り落ち、奈落の底で生きている人々がいる。幸福や希望を持たず、…
『VOLO』第4号 昭和51年9月10日発行 Ⅲ 遮断機の降りる音が聴こえていた。ここは部屋の中ではなかった。ぼくはここに今茫然として立っている。ぼくはどうしてここまで来たのだろうか。無意識のうちに部屋のドアを開け、白昼の夢遊病者の如く街の中を彷徨い歩…
『VOLO』第4号 昭和51年9月10日発行 Ⅱ 目覚めの時は今日もやって来た。重苦しい覚醒の回路を巡りながら、闇に塗り込められた風景の中に、夢とも現ともつかぬ象で存在していた幻覚と幻聴をいつものように反芻しながら、目覚めようとするのだった。悪夢との戦…
『VOLO』第4号 昭和51年9月10日発行 Ⅰ アスファルトの道路から立ち上る陽炎の中に、熱気を籠めて夏は顕現れていた。揺らめく陽炎は道路を疾走する自動車によって、一瞬の間破壊され、自動車の通過と共にその揺らめきを取り戻していた。破壊と再現、再現と破…