出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル158(2021年6月1日~6月30日)

21年5月の書籍雑誌推定販売金額は775億円で、前年比0.7%増。
書籍は420億円で、同0.9%減。
雑誌は355億円で、同2.6%増。
雑誌の内訳は月刊誌が290億円で、同1.1%増、週刊誌は65億円で、同9.5%増。
返品率は書籍が37.5%、雑誌は44.3%で、月刊誌は44.5%、週刊誌は43.2%。

月刊誌はコミックスの伸びが止まり、『鬼滅の刃』に代わる超ベストセラーが出てこないかぎり、マイナス基調へと戻っていくだろう。
週刊誌のプラスは近年になかったことだが、コロナによる休刊などによるもので、前年の発行部数と販売金額が大きなマイナスだったことから生じたものである。
売上が伸びているのではなく、マイナスは続いている。
ただ今回の緊急事態宣言は実売に大きな影響はなかったと伝えられている。


1.2016年から19年にかけての「出版社の実績」を示す。

■出版社の実績(単位:百万円)
出版社2019年2018年2017年2016年
1集英社152,904133,341116,497117,521
2講談社135,835120,484117,957117,288
3KADOKAWA84,049113,183112,231
4小学館97,74797,05294,56297,309
5日経PB37,00038,00038,00038,130
6東京書籍23,38123,66322,78427,411
7宝島社29,47726,27934,01929,303
8文藝春秋21,91521,91521,69823,887
9光文社20,35620,35621,72422,141
10新潮社20,20020,00020,00020,500

 これはノセ事務所が帝国データバンクのデータに基づき、出版社643社を抽出したもので、2007年からの「出版社の実績」ということになる。
 ただ2015年までは売上順に出版社を配列していたが、16年以後はそのまま継承したことで、売上順になっていないことをあらかじめ了承されたい。
 ここではそのうちの16年から19年にかけての上位10位までのデータを挙げている。
 それはコロナ禍に遭遇したことで、取次や電子書籍も絡み、今後の大手出版社の「実績」と動向がどのように変化していくのかという事実を踏まえておかなければならないからだ。

 またこれらの19年の10社の「実績」は6225億円に及び、19年出版物販売金額の1兆2360億円の半分を占めていることにもよっている。
 こうしたデータ提供は『出版ニュース』が担当していたが、休刊に伴い、図書館情報や海外出版ニュースなどとともに途絶えてしまった。
 それらに加えて、書店の年間を通じての取次別の出店と閉店、坪数と増減を始めとするデータも、アルメディアが長きにわたってレポートしてくれていたけれど、そうした仕事から撤退したようで、データが入手できなくなってしまった。
 つまりこれだけ出版物売上が失墜してくると、出版業界の基礎データを担う仕事に金が回らなくなってきている事実を否応なく露呈させることになったのである。
 幸いなことに「出版社の実績」に関してはノセ事務所が引き継いでくれているので、このように示すことが可能であることを認識してほしい。



2.日書連の組合加盟書店数は4月1日現在で2887店、前年比106店減。
 プラスとなったのは1店増の島根県だけで、同数が青森県などの12県。
 東京都などの32都道府県はマイナスで、東京都は16店減の291店、愛媛県と山梨県も2ケタ減である。

 1986年には日書連加盟店は1万2935店だったことからすれば、何と1万店が消えてしまった。
 20年の実質的マイナスは119店とされている。
 コロナ禍の中にあって、『鬼滅の刃』の神風のようなベストセラー、巣ごもり需要の学参と児童書による街中の書店の活況が伝えられているけれど、現実には3日に1店が閉店していたことになろう。
 『出版状況クロニクルⅥ』にアルメディアの調査による1999年から2019年の全国書店数の推移を示し、19年が1万1024店、前年比422店であることを伝えておいたが、全体の書店数も1万店割れが近づいている。
出版状況クロニクルVI: 2018.1~2020.12



3.『日本の図書館統計と名簿 2020』が出されたので、公共図書館の推移を示す。

日本の図書館 2020: 統計と名簿

■公共図書館の推移
    年    図書館数
専任
職員数
(人)
蔵書冊数
(千冊)
年間受入
図書冊数
(千冊)
個人貸出
登録者数
(千人)
個人貸出
総数
(千点)
資料費
当年度
予算
(万円)
1971 8855,69831,3652,5052,00724,190225,338
1980 1,3209,21472,3188,4667,633128,8981,050,825
1990 1,92813,381162,89714,56816,858263,0422,483,690
1997 2,45015,474249,64919,32030,608432,8743,494,209
1998 2,52415,535263,12119,31833,091453,3733,507,383
1999 2,58515,454276,57319,75735,755495,4603,479,268
2000 2,63915,276286,95019,34737,002523,5713,461,925
2001 2,68115,347299,13320,63339,670532,7033,423,836
2002 2,71115,284310,16519,61741,445546,2873,369,791
2003 2,75914,928321,81119,86742,705571,0643,248,000
2004 2,82514,664333,96220,46046,763609,6873,187,244
2005 2,95314,302344,85620,92547,022616,9573,073,408
2006 3,08214,070356,71018,97048,549618,2643,047,030
2007 3,11113,573365,71318,10448,089640,8602,996,510
2008 3,12613,103374,72918,58850,428656,5633,027,561
2009 3,16412,699386,00018,66151,377691,6842,893,203
2010 3,18812,114393,29218,09552,706711,7152,841,626
2011 3,21011,759400,11917,94953,444716,1812,786,075
2012 3,23411,652410,22418,95654,126714,9712,798,192
2013 3,24811,172417,54717,57754,792711,4942,793,171
20143,24610,933423,82817,28255,290695,2772,851,733
2015 3,26110,539430,99316,30855,726690,4802,812,894
20163,28010,443436,96116,46757,509703,5172,792,309
2017 3,29210,257442,82216,36157,323691,4712,792,514
2018 3,29610,046449,18316,04757,401685,1662,811,748
2019 3,3069,858453,41015,54357,960684,2152,790,907
2020 3,3169,627457,24515,04558,041653,4492,796,856

 これも『出版ニュース』で刊行告知を見なかったし、近年は図書館でも購入していないようなので、本クロニクルでも2019年度は落としてしまっている。
 それもあって2年ぶりに目にするのだが、2020年の公共図書館数は10館増え、3316館で、これも何と日書連加盟書店数の2887店を上回ってしまった。
 で示したように、1986年の日書連加盟店は1万2935店、それに対して90年の図書館は1928館だったわけだから、現在から考えれば、そうした比率が書店と図書館のメルクマールだったように思えてくる。
 結局のところ、それは私企業と公的企業とのバランスの問題でもあり、そうした論議もなされず、図書館の蔵書と書店在庫の棲み分け問題にもほとんどふれることもなく、公が栄えて民滅ぶというかたちで増殖していった図書館がもたらした書店への影響とも見なせよう。
 しかし図書館現場においても、風評と異なり、資料費予算はこの10年間、それほど減少していないことに比べ、専任職員は19年に1万人を割りこみ、さらに少なくなっていくであろう。そのことは公共図書館における選書能力のさらなる劣化となって現れるであろう。
 またコロナ禍の中での電子書籍配信が喧伝されていたが、休館もあってか、貸出数自体は近年にない前年割れだったことを確認したのである。



4.日販GHDの子会社34を含めた連結決算は、売上高5210億1000万円、前年比1.0%増、営業利益41億5100万円、同67.8%増、経常利益44億2000万円、同81.0%増、当期純利益は24億3900万円、同212.2%増、8期ぶりの増収。
 それらの8事業の内訳を示す。

■日販GHD決算
内訳売上高前年比
取次事業4,792億700万円0.7%
小売事業621億2,100万円1.8%
海外事業62億8,900万円▲8.8%
雑貨事業24億9,500万円29.1%
コンテンツ事業19億4,600万円12.5%
エンタメ事業12億7,900万円▲26.4%
不動産事業30億8,900万円4.8%
その他89億1,800万円68.1%

 小売業の店舗数は245店。
 日販単体の売上高は4201億5100万円、同1.5%増、営業利益は10億1400万円、(前年は2億5300万円の損失)、経常利益は11億5500万円(前年は4100万円の損失)、当期純利益は3億9600万円(前年は2億8200万円の損失)。
 それらの商品売上高内訳を挙げておく。

■日販 商品売上高内訳(単位:百万円、%)
金額前年比返品率
書籍204,50199.828.7
雑誌109,17088.447.1
コミックス88,024130.619.7
開発品27,142100.936.0
合計428,839101.533.6


5.トーハンの子会社29社を含めた連結決算は、売上高4254億600万円、前年比3.9%増、営業利益は40億3300万円、同205.7%増、経常利益は16億8000万円(前年は14億5700万円の損失)、当期純利益は5億7600万円(前年は59億8500万円の損失)と7期ぶりの増収。
 直営書店の連結対象子会社は13社で、「書店事業」売上は589億3600万円、同6.8%増、店舗数は271店。
 トーハン単体の売上高は3990億2200万円、前年比4.0%増、営業利益は35億9300万円、同81.8%増、経常利益は3億600万円(前年は4億7200万円の損失)、当期純利益は2700万円(前年は55億9200万円の損失)。
 ただし、「出版流通事業」の経常損失は11億2000万円と前年に続き赤字だが、同じく単体の「不動産事業」の経常利益は13億2600万円で、全体を大きく押し上げている。
 トーハン単体売上高内訳は次のとおりである。

■トーハン単体 売上高内訳(単位:百万円、%)
金額前年比返品率
書籍169,653101.536.2
雑誌118,67794.346.8
コミックス62,118131.219.7
MM商品48,573111.918.1
合計399,022104.036.2

 日販もトーハンもコロナ禍の中での『鬼滅の刃』の神風的ベストセラーや巣ごもり需要を背景として、久方ぶりの増収増益決算となっている。
 だがそれは取次事業の回復を意味しておらず、これからの取次はどのようにしてソフトランディングするかの道を問うていくしかないと思われる。
 日販とトーハンの書店事業の売上、店舗数はかつてなくふくらんでいるし、前回トーハンの近藤敏貴社長の24年にグループ書店法人はすべて赤字になるとの言を引いておいたけれど、それは日販も同様であり、すでに赤字になっているとも考えられる。

 太洋社、栗田、大阪屋の破綻の際にも、その根幹にあったのは芳林堂や戸田書店問題だったし、大阪屋栗田にしてもそれを引きずっていた。楽天BNはそうした書店問題にけりをつけようとしているのだろうが、スムーズにいくのだろうか。
 日販に至っては文教堂、フタバ図書、TSUTAYAがADR=私的整理によるサバイバルを試みているが、単なる延命措置に終わってしまうかもしれない。
 また日販は楽天BNとの協業を進め、その対象は楽天と取引のある全書店だが、楽天BNのリーディングスタイルは会社解散するというが、決算は公示されないだろう。
 消息筋によれば、今回の日販とトーハンの決算を閲することで、両社の合併の可能性は消えたとされる。
鬼滅の刃 23 (ジャンプコミックス)



6.CCCとMPDは21年度の「TSUTAYA BOOK方針説明会」を開催し、「TBN VISION」として、返品減少と粗利改善による書店ゼロの街をなくす方針を発表。
 また「TBN中期計画」として、返品率を10%まで下げ、書店粗利益率35%を実現し、それによって国内1500店、中国1100店、アジアなど300店の3000店を目標にする計画を披露した。

 絵に描いた餅であることは百も承知での「方針説明会」発表だと誰もが思っていることであろう。
 CCC=TSUTAYAとMPDの一方の柱であるDVDとそのレンタルの凋落は、これから加速していくはずで、その代わりはまだ確立されていない。次のでふれる動画配信市場がすでに3000億円を超えるまでに成長してきているにもかかわらず。 
 本クロニクル155でレポートしているようにその最中に起きているCCCグループの私的整理はどのようにMPDや日販へと跳ね返っていくのか、それはFCのリストラや閉店として現実化していくし、そのことを考えれば、返品率云々すらも矛盾しているというしかない。
 それからMPDの昨年の決算は『出版状況クロニクルⅥ』に掲載しておいたが、今回は自ら発表すべきであろう。
odamitsuo.hatenablog.com



7.『日経MJ』(6/21)で日本の定額制動画配信サービス市場を一面特集している。そのリードは次のようなものだ。

 日本の動画配信サービス市場で覇権争いが激しくなってきた。存在感を強めているのが米ネットフリックスやアマゾンなど海外勢だ。国内のアニメ制作会社と組んで独自作品の制作に乗り出した。娯楽の主要プレーヤーが既存メディアからネットへと切り替わるなか、世界ではメディアの枠を超えた再編も起きている。動画配信は「戦国時代」を迎えた。

 日本の動画配信サービスは急拡大し、2020年の定額制配信市場規模は3238億円、前年比35%増。シェアはネットフリックスが2割、アマゾン・プライムが12.6%、U‐NEXTが11.1%となっている。2年前は1位がNTTドコモのdTV、2位はスポーツ専門のDAZNで、ネットフリックスは6位だったのである。
 韓国ドラマ『愛の不時着』の独占配信とコロナ禍の巣ごもり需要などによって、ネットフリックスの有料会員は500万人を超えた。
 またアマゾンは大手映画会社メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)を買収したことで、4000本のコンテンツを手に入れたことになる。U‐NEXTはワーナーメディアと独占契約し、上位3社の配信競争、オリジナル作品制作も、しのぎを削る状況の中にある。

 私の場合、ネットフリックス、アマゾン・プライム、U‐NEXTの会員になっているが、正直にいってすべてを見切れていいない。
 ネットフリックスは『出版状況クロニクルⅥ』で書いているけれど、『愛の不時着』を始めとして海外連続ドラマが多く、見出すときりがないほどの作品に恵まれている。それに毎日のように新作入荷のメールが届くし、ネットフリックスだけでも、見ることに追われてしまうのだが、それはそれで新しい発見があるので、ついつい見てしまうのである。
 これは有料会員になってみないとわからないかもしれない。本当にお試しあれというしかないし、昨年に比べて、会員増加数は落ちこんでいるというけれど、すでに動画配信サービス市場は定着し、これからも成長していくことは確実のように思われる。
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8.『出版月報』(5月号)が特集「ムック市場2020」を組んでいるので、そのデータを示す。

■ムック発行、販売データ
新刊点数平均価格販売金額返品率
(点)前年比(円)(億円)前年比(%)前年増減
20057,8590.9%9311,164▲4.0%44.01.7%
20067,8840.3%9291,093▲6.1%45.01.0%
20078,0662.3%9201,046▲4.3%46.11.1%
20088,3373.4%9231,0621.5%46.0▲0.1%
20098,5112.1%9261,0912.7%45.8▲0.2%
20108,7622.9%9231,0980.6%45.4▲0.4%
20118,751▲0.1%9341,051▲4.3%46.00.6%
20129,0673.6%9131,045▲0.6%46.80.8%
20139,4724.5%8841,025▲1.9%48.01.2%
20149,336▲1.4%869972▲5.2%49.31.3%
20159,230▲1.1%864917▲5.7%52.63.3%
20168,832▲4.3%884903▲1.5%50.8▲1.8%
20178,554▲3.1%900816▲9.6%53.02.2%
20187,921▲7.4%871726▲11.0%51.6▲1.4%
20197,453▲5.9%868672▲7.4%51.1▲0.5%
20206,461▲13.3%870572▲14.9%50.2▲0.9%

 20年におけるムックの失墜がデータに歴然となり、本クロニクル154で、ムックを主とする枻出版社の民事再生法を伝えたが、それも必然だったと思わされる。
 新刊点数はついに7000点を割り、販売金額も572億円で、2005年のほぼ5割になってしまった。返品率も最悪で、6年続けて50%を超えている。
 『出版状況クロニクルⅥ』で、九州雑誌センター(トーハン)が九州地区のムック返品を現地で古紙化しようとする九州地区返品現地古紙化推進協議会を発足させたことを既述しておいた。
 それはこのようなムックの現状もあり、それに枻出版社の民事再生法も続いたことなる。その後、九州地区返品現地古紙化推進協議会はどうなったのだろうか。


9.ローソンは日販と連携し、本とコンビニの各商品を取り扱う「LAWSONマチの本屋さん」ブランド1号店となる「ローソン狭山南入曽店」(埼玉・狭山店)を開店。
 ローソンの既存店舗のリニューアルオープンだが、店舗面積は85坪、そのうちの書籍・雑誌売場は21坪で、書籍雑誌は900点、1万4000冊。

 この「LAWSONマチの本屋さん」ブランド1号店から想起されたのは『エトセトラ』(2019、創刊号)の特集「コンビニからエロ本がなくなる日」であった。
 同特集は田房永子責任編集と銘打たれ、彼女による「かつてはコンビニにはエロ本があった」というマンガから始まり、まず「お茶ノ水のローソンはすごい本がたくさんあるよ」との小4クラスメートの言葉が引かれていた。このマンガは1985年から2019年にかけての簡略なコンビニ・エロ本通史である。
 その後で「コンビニからエロ本がなくなること」についてのコンビニ4社アンケート回答が掲載され、ローソンも他4社と同じく、「成人向けの雑誌取り扱い中止」と答えている。
 それは「LAWSONマチの本屋さん」にも引き継がれているのだろうか。
 なおこのフェミマガジン『エトセトラ』創刊号はエトセトラブックスの松尾亜紀子の言によれば、6000部以上売れたと伝えられている。
エトセトラ VOL.1



10.地方・小出版流通センターの決算も出された。
 「同通信」(6/15)によれば、総売上高は9億765万円、前年比3.7%減(5736万円減)、売上総利益9719万円、営業経費1億3195万円で、営業損失は3476万円となっている。
 最終的には営業外雑収入2422万円を加えることで、当期損失は904万円。

「大手取次店は、巣籠り需要と、鬼滅の刃で増収増益という決算を発表されていますが、当社は全くその恩恵には浴しておらず、苦しい売上げ状況です。春の教科書も前年より減っています。」

 昨年のコロナ禍による書店や図書館の休業、休館のために、4、5月の売上は52.2%減で、取次出荷も21.7%減だったという。
 今年も書店の休業は起きているけれど、本クロニクルの156、157などで続けてふれているように、問題なのは丸善ジュンク堂などの帖合変更による楽天BNからの返品で、最終的にどのくらいの金額になるのか。中小書籍出版社の場合、その返品は6月になってもまだ続いている。
neil.chips.jp



11.コミックの海賊版サイト「漫画村」運営者に懲役3年の有罪判決が下された。
 その一方で、『朝日新聞』(6/1)の「フカボリ」によれば、2018年の「漫画村」閉鎖以来、他のサイト消滅も相次いでいたが、19年秋ごろより再び増加してきた。
 出版社や通信事業者などが加わった海賊版対策の一般社団法人「ABJ」の調査では海賊版サイトによる被害現状に関して、「史上最悪、『漫画村』の最盛期を超えてしまった」とされる。
 ABJが確認している海賊版サイトは750で、上位10サイトだけで、月刊アクセス数は2万4千回を超え、「漫画村」をはるかに上回っている。海賊版サイトの多くはベトナムに拠点を置き、日本でコミックやアニメをいち早く入手し、翻訳するグループも存在しているようだ。

 本クロニクル154で示しておいた20年の電子コミック市場の3420億円、前年比31.9%増という急成長は、コロナ禍と漫画村閉鎖によるものと見ていたし、それは出版科学研究所の見解も同様だった。このような海賊版サイトの再びの増加は知らされていなかった。
 こうした事実に関連して、レイバーネット日本代表の安田幸弘が聞き手を細谷修平として、「東アジア・デジタル・アナキズム」(『アナキズム』第15号)を語っている。それを要約してみる

 オードリー・タンはメディア活動家だけれど、要するにハッカー人種で、アジアのメディア活動家はそうした人たちが多い。彼らのデジタル化のイメージは常に境界を越えていく。オードリー・タンは「ひまわりの革命」の一人で、一種のオルガナイザーでもあり、そのベースにはインターネットで結ばれた多くのハッカーの中で自然発生的に生まれてきた自律的分散型システムの発想がある。それは中央での制御を嫌う。自律的分散型システムは中国の中央集権的監視、統制システムへの代案としてある。前者における情報というのは国境を越えていくし、日本のデジタル庁はそうしたものを殺してしまうし、失敗すると思う。

 これはまだ1回目だし、どのような展開になるかわからないけれど、ベトナムにおける海賊版サイトの隆盛を考えてみることに関してのヒントのひとつになるような気がする。
green.ap.teacup.com



12.『ZAITEN』(7月号)が特集2として、9ページに及ぶ「佐藤優VS.佐高信『名誉棄損法廷バトル』」を組んでいる。

  ZAITEN 2021年 07 月号 [雑誌]  創(つくる) 2021年7月号 (2021-06-09) [雑誌]   佐藤優というタブー

 これは『創』(7月号)でもレポートされているが、佐高が3月に上梓した『佐藤優というタブー』(旬報社)が、名誉毀損などの内容を含むとして、佐藤優が佐高と旬報社の木内洋育代表取締役を相手取り、1064万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した件をめぐってである。
 『ZAITEN』も佐高も紙上討論での応酬を望んでの企画であり、そのようなポジションで佐高もインタビューを受けている。だが佐藤のほうはそれに応じず、「第一審判決が出るまで本件について、私のほうからマスメディアで発言することは差し控え」るとの「回答」があるだけだった。その「回答」も1ページ掲載されている。
 私もかつて佐高を批判しているが、『出版状況クロニクルⅥ』に関して、大阪屋栗田から法的恫喝をかけられ、言論に対しては言論でと返したことがあるので、佐藤の「回答」はいただけないと思う。佐藤自身にしても、法による「国家の罠」を経験しているのに、どうしてなのかという疑念が生じてしまう。
 裁判はどうなるのか。



13.『岩田書院図書目録2021-2022』が届き、久しぶりに「新刊ニュースの裏だより」を読んだ。

f:id:OdaMitsuo:20210626140958j:plain:h110
www.iwata-shoin.co.jp

「[1081]出先在庫の整理」(2019・09)は丸善・ジュンク堂の在庫が4200冊、正味価格合計で1600万円あったので、1000万円を目途として返品してもらうことにした話。
「今年の過剰在庫を整理するにあたって、著者に買い取ってもらった分が総額で1000万円なのです。それが右から左に消えていきます。とほほ。」
「[1089]過剰在庫、廃棄完了」(2020・01)は11万5843冊から約4万冊の廃棄を5枚の写真入りでレポートしている。いうまでもなく廃棄風景は無残で、「写真1の人物は、私・岩田ではありません」との注はそうした心情を伝えているのだろう。
 だが「出先在庫の整理」は長年にわたって返品の垢をなめてきた岩田ならではの決断で、なかなかできることではない。これは確か「昭和残侠伝シリーズ」での高倉健のせりふ「あっしもだてに盆茣蓙の垢をなめてきたわけじゃござんせん」をもじっている。
 しかしそれは正解で、丸善・ジュンク堂の帖合変更の1年前になされたわけだから、今年の返品の事前処置に相応したと思われる。
 岩田書院も2年後の創立30周年を待って、「さよならセール」をするかもしれないと予告もされている。



14.日本編集者学会編集発行、田畑書店発売の『Editorship』6を恵送された。
 同号は「特別号」で、「追悼長谷川郁夫」であった。

Editorship Vol.6(特別号)追悼・長谷川郁夫

 長谷川の死は『出版状況クロニクルⅥ』でも記しておいたが、このような「追悼」が出されるのは、文芸書編集者、出版者として長谷川が最後であろう。
 それは彼が文芸書出版共同体の最後のメンバーで、彼自身が文学者たちとその共同体を支えてきたからだし、後には自ら著者、大学教師として延命することにも努力を払ってきたからだろう。
 それは困難ではあっただろうけれど、長谷川にとっては幸せなことだったと思いたい。



15.集英社の月刊誌『セブンティーン』が10月号で休刊。

  Seventeen(セブンティーン)7月号 (Seventeen、セブンティーン) 大江健三郎全小説 第3巻 (大江健三郎 全小説)

 1968年に週刊誌として創刊の『セブンティーン』は、60年代初頭に発表された大江健三郎の『セブンティーン』と『政治少年死す』の2部作を連想してしまう。
だが『政治少年死す』は講談社の『大江健三郎全集』によって読むことができるようになったのに、こちらの『セブンティーン』は休刊となってしまったのである。



16.溝口敦『喰うか喰われるか 私の山口組体験』(講談社)読了。

   喰うか喰われるか 私の山口組体験 血と抗争 山口組三代目 (講談社+α文庫)

 かつて拙稿「極道ジャーナリズムとエンツェンスベルガー」(『文庫、新書の海を泳ぐ』所収)で、溝口の処女作『血と抗争』(三一書房、後に講談社文庫)にエンツェンスベルガーの『政治と犯罪』(野村修訳、晶文社)の影響を指摘したが、それが確認できた。
 また宮下和夫『弓立社という出版思想』(「出版人に聞く」シリーズ19)で、宮下が語っていた徳間書店の雑誌『TOWM』に『血と抗争』が書かれたことを含め、その創刊や休館事情も教えられた。
 文庫、新書の海を泳ぐ―ペーパーバック・クロール 弓立社という出版思想 (出版人に聞く)



17.股旅堂の『古書目録』24が届いた。

 これまでで最も厚い一冊で、5000点ほどを収録し、戦後カストリ雑誌、風俗雑誌が書影とともに満載である。
 この号には飯田豊一『「奇譚クラブ」から『裏窓』へ』(「出版人に聞く」シリーズ12)のコーディネーター黒田明も登場し、華を添えていることを付記しておく。
  f:id:OdaMitsuo:20210626111653j:plain:h117   『奇譚クラブ』から『裏窓』へ (出版人に聞く)
www.matatabido.net



18.論創社HP「本を読む」65は「日夏耿之介と『近代神秘説』」です。 ronso.co.jp

『出版状況クロニクルⅥ』は6月中旬に刊行されました。
  出版状況クロニクルVI: 2018.1~2020.12

 8月には「ゾラからハードボイルドへ」「謎の作者佐藤吉郎と『黒流』」「ブルーコミックス論」の三本立てが『近代出版史探索別巻』(仮称)として出版予定です。

古本夜話1161 正宗白鳥『人を殺したが・・・』と井伏鱒二

 ハイネ『ハルツの旅』の巻末広告「聚芳閣の長篇小説」という一ページを見ていて、紅野敏郎『大正期の文芸叢書』における「新作家叢書」に連想が及んだので、そのことを書いてみよう。

大正期の文芸叢書
 
 まずそのうちの九作を挙げてみる。

1 中西伊之助 『一人生記録』
2 近藤栄一 『沙本姫』
3 前田河広一郎 『快楽師の群』
4 加富貫一 『展開物語』
5 新井紀一 『落葉の如く』
6 佐々木味津三 『二人の異端者』
7 下秋千秋 『刑罰』
8 倉田湖 『放浪』
9 北小路功光 『童子照麿』

 紅野は先の同書で、「新作家叢書」は1、3、4に加えて、十一谷義三郎『生きる』、新井紀一『悪夢』、佐々木味津三『二人の異端者』の六冊が予定されていたが、最初の三冊だけで終わってしまったと述べている。そして中西の『一人生記録』、近藤の『沙本姫』、前田河の『快楽師の群』が大正十三年五月五日に同時刊行されたけれど、この「叢書」が書き下ろしであったので、他の三冊はそれに間に合わず、「叢書」そのものも打ち切りになったとされる。

 しかし前掲のリストはちょうど一年後の大正十四年五月五日に刊行された『ハルツの旅』の巻末広告から抽出したものである。紅野によれば、同十三年九月に6の佐々木の『二人の異端者』は単独の本として刊行されたこともあり、「これも書きおろしの単行本である故、『新作家叢書』の延長線上の別のかたちと見てもよかろう」と補足している。

 さてこれからは私の推測だが、佐々木の『二人の異端者』と同じく、4の加宮の『屏風物語』、5の新井の『落葉の如く』|、7の下村の『刑罰』、8の倉田の『放浪』、9の北小路の『童子照麿』も、「『新作家叢書』の延長線上の別のかたち」と見なしてかまわないのではないだろうか。いずれも先の三冊から一年以内の出版だし、新井の『落葉の如く』は『悪夢』の改題とも考えられる。それに定価設定も7の下村の『刑罰』までは同一の一円四十銭で、菊半截判より少し大きい角背の函入のフォーマットはそのまま定価と同様に引き継がれていたのではないだろうか。

 しかし私のこの推論は弱点がある。それは本探索としては例外的にイレギュラーなのだけれど、これらの九冊が未見で、入手に至っていないからだ。その代わりに当時編集者として聚芳閣に勤めていた井伏鱒二の回想を紹介しておきたい。実はこれも書影だけで未見だが、正宗白鳥は聚芳閣から『人を殺したが・・・』『正宗白鳥全集』第三巻所収、新潮社)を上梓していた。それらに関して井伏の「正宗さんのこと」(『井伏鱒二全集』第十二巻所収、筑摩書房)を引く。これは正宗にしても足立にしても、珍しいシーンなので、省略せずに挙げてみる。

f:id:OdaMitsuo:20210614155331j:plain:h110 f:id:OdaMitsuo:20210615102737j:plain:h110 井伏鱒二全集〈第12巻〉山峡風物誌・白毛

 私は関東大震災の翌々年、世田谷の聚芳閣という出版所に勤めてゐた。そのころこの本屋で、「サンデー毎日」に連載された正宗さんの長篇「人を殺したが」を石井鶴三氏の挿絵で出版した。その校正が出はじめたころ正宗さんから電話があて、いま角筈まで来てゐるから訪ねて行くとの知らせがあつた。社長は周章てて着物を着換へ、壁お召の羽織りを着て電車通りへ出迎へにゐつた。
 社長としては珍しいことだと私は思つた。不断、この社長は作家や著者が来ても、ふところ手のまま編輯室で応待して巻舌で元気よく話をする人である。よほど正宗さんに傾倒してゐるものと見えた。自然、編輯室のみんなも色めき立つて来店を待ち受けた。やがて社長は正宗さんを案内して来ると、奥の茶席に通すため編輯室を素通りした。私たちは立ちあがつて正宗さんにお辞儀したが、相手は黒い折鞄を肩に擔ぐやうな恰好で持つたまま、すつとドアの内側に入つて行つた。 
 「ああ、小学生が学校から帰つたときの恰好そつくりだ」と、松本清太郎という編輯部員が云つた。この松本君は島崎藤村氏に師事して、もうそのころには自著の小説集を一冊か二冊出してゐた。世間の苦労もした人物である。(後略)

 さらに井伏は「『人を殺したが・・・』は売行きがよくて、聚芳閣としては珍しく再版を出した」とも付け加えている。

 井伏の眼差しのもとに、大正後半における正宗の出版業界でのポジション、足立という出版社社長の、他の作家と異なる正宗への対応、それを見守る小出版社の編輯者たちとその視線などがリアルに描き出されている。まさに聚芳閣という小出版社の内情が再現されているかのようだ。それに井伏の翻訳のズウデルマン『父の罪』ではないけれど、松本も『祇園島原』を刊行していて、井伏はそれをさしているのだろう。

f:id:OdaMitsuo:20210615112223j:plain:h120

 このような足立という経営者、井伏や松本のような翻訳者や著者も兼ねる編輯者というシフトによって、関東大震災後に「新作家叢書」や『人を殺したが・・・』だけでなく、『ハルツの旅』の巻末広告に示された多くの文芸書が送り出されていったことを了解するのである。


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古本夜話1160 ハイネ、古賀龍視訳『ハルツの旅』

 金星堂と聚芳閣がリンクする一編を書いておこう。

 大正十四年に聚芳閣からハイネの散文詩集『ハルツの旅』が古賀龍視訳で刊行されている。これはハイネが一八二四年にハルツ地方を旅した際に書かれた、詩も含んだ「散文」旅行記といっていい。詩だけのほうは『歌の本』(井上正蔵訳、岩波文庫)に「ハルツの旅から」の収録がある。本探索1149の茅野蕭々『独逸浪漫主義』では言及されていないけれど、このハイネの二十七歳の旅行記は彼のロマン派としての資質を表出させていて興味深い。

歌の本 (下) (岩波文庫)

 どのシーンを紹介しようか、いささか迷ったのだが、女性に関するイメージ造型、及び自然とのコレスポンダンスを引いてみる。

 私が子供であつた頃には、お伽噺と魔術の話と許りを考へてゐたので、ボンネツトに駝鳥の羽を飾つた美しい女を見ると、それが皆私には小鬼の女王としか思はれなかつた。それで若しスカートの濡れてゐるのを見るやうなことがあると、私が彼女が水中の魔女だと考へた。

 それでいて、ハイネは旅行中に鉱山の奈落のような竪穴と隧道を探査した後、次のような夢を見ている。

 それは深い泉に下りて行つた騎士の古い物語であつた。その泉の下には一番可愛いらしい王女が魔術的な眠りに呪はれて死んだやうになつて横たわつてゐたといふ話である。私がその騎士で、泉はクラウスタールの暗い鉱孔であつた。(後略)

 だがハルツ地方の地上と自然の風景の中には「王の標章」と「救ひ」があり、詩をもたらしてくれる。

 外的な現象世界と内的な感情世界とが融合し調和する時、緑の木々、思想、鳥の声、甘き憂愁、天の碧、記憶、花の香が一緒になつて最も愛らしい唐草模様を織りなす時、感情は無限に幸福なものである。

 それは「夢の中を徘徊するやう」でもある、このような「散文」が彩られた『ハルツの旅』の翻訳は、聚芳閣が最初で、岩波文庫の内藤匡訳『ハルツ紀行』の刊行は昭和九年を待ってのことだった。訳者の古賀に関しては幸いなことに『日本近代文学大事典』に立項を見出せたので、それを示す。

f:id:OdaMitsuo:20210614110205j:plain:h120 (『ハルツ紀行』)

 古賀龍視 こが・たつみ 明治二八・五・一六~昭和七・一一・二八(1895~1932)小説家。福岡県の生れ。早大英文科卒。大正一〇年六月、横光利一、富ノ沢麟太郎らと同人誌「街」を創刊。翌一一年五月には、さらに中山義秀、小島勗らを加えて同人誌「塔」を創刊し、短編『兄』『影』などを発表。横光、川端らの「文芸時代」には寄稿するだけで同人とはならず、大正一四年七月、今東光、金子洋文らと「反動的思想行為に反抗」するとして、同人誌「文党」を創刊、評論、随筆を書いた。

 ここに記されているように、『文芸時代』は金星堂の福岡益雄を編輯兼発行人として、大正十三年に創刊され、また『文党』も金星堂を発売所としていたのである。それゆえにここで金星堂と聚芳閣は結びつく。そしてこの『文党』から梅原北明たちの『文芸市場』が分立していくのだが、それはまた別の話になろう。ここで古賀が英文科出身だとわかるが、『ハルツの旅』には訳者による序文やあとがきも付されていないので、これがドイツ語原書に基づくのではなく、英語からの重訳かもしれないことを付記しておこう。

 それに関連して、これは『ハルツの旅』の巻末広告で初めて「聚芳閣の翻訳書」リストを見た。それらを挙げてみる。

ゴオルキイ 『ワアレンカ・オレソウ』 下村千秋訳
ローレンス 『大尉の人形』 小島徳彌訳
ズウデルマン 『父の罪』 井伏鱒二訳
マツケンヂー 『愛は永遠に』 若山静江訳
エンセン 『世界の始め』 光成信男訳
シンクレア 『赤黒白』 神山宗勲訳
ウエルシユ 『地獄』 林政雄訳
エレンテリイ 『露西亜舞踊』 永田龍雄訳
カアペンタア 『愛と死の戯曲』 宇佐美文蔵訳
チエネエ 『劇場革命』 川添利基訳

f:id:OdaMitsuo:20210614141430j:plain:h115(『赤黒白』)劇場革命 (『劇場革命』)

 井伏が聚芳閣の編集者だったことは知られているが、これらの訳者たちは古賀ではないけれど、大正時代の文芸同人誌の関係者で、下村千秋は『十三人』、井伏鱒二は『世紀』、『文芸都市』、林政雄は『ダムダム』、宇佐美文蔵は『労働文学』、また小島徳彌は大正末から昭和初期の文芸評論家、永田龍雄は舞踏評論家、若山静江や光成信男、神山宗勲は不明だが、やはり同じような文芸環境にあったと推測される。

 これらの出版と翻訳人脈は聚芳閣の創業者足立欽一が劇作家にして、自らの戯曲集『迦留陀夷』『愛闘』『天竺物語』などを刊行していたこと、また徳田秋声に師事し、その『叛逆』や『恋愛放浪』を出版していたことにもよっているのだろう。聚芳閣の営業の実態は定かではないけれど、足立のキャラクターと相俟って、当時としてはまだマイナーな文学者たちが集うアジールであったように思われる。

 なお「神保町系オタオタ日記」に「アナーキスト林政雄につぶされた聚芳閣」があることを付記しておく。

jyunku.hatenablog.com


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古本夜話1159 ヒユネカア『エゴイスト』と「海外芸術評論叢書」

 聚芳閣は前回の『院本正本日本戯曲名作大系』とほぼ同時期に、「海外芸術評論叢書」を刊行している。ただこの「叢書」は『全集叢書総覧新訂版』や紅野敏郎『大正期の文芸叢書』にも見当らないこともあり、全巻点数や明細が確定されていない。

f:id:OdaMitsuo:20210530115149j:plain:h120 (『院本正本日本戯曲名作大系』)

 私にしても、二十年ほど前にその9に当たるヒユネカア、芥川潤訳『エゴイスト』を入手しているだけだ。しかし幸いにして、その巻末に「海外芸術評論叢書」の広告が掲載され、それが田中王堂、土田杏村による編輯で、装幀は廣川松五郎とあるが、裸本のためにそれは感受できない。そこには次のような編者の言葉が見られる。それを引いてみる。

 我国の文壇に今又文芸評論らしい評論がなく、且つ評論が文壇に影響する力も甚だ微々たるものである事は多くの人達から常に聞く言葉だが、公平に見て其の事実に蔽へないと思ふ。現在我国には、小説や劇の叢書は数多くあるけれども、評論の叢書といふものは一つもない。実際のところ文壇の読書子も、もう大分小説や劇に飽いた。此んな時に少し固い評論書を読んで気分を転換し、視野を拡大してみるのも悪いことではあるまい。―—手軽な翻訳本ならば何処ででも読め、且つ其れを読む事によつて何かのヒントを得さうな気がする。

 編者の田中や土田に関して、ここでは言及せず、別の機会に譲るつもりだが、いわれてみれば、大正時代において、確かに翻訳の「評論の叢書といふものは一つもない」ように思われる。それだけにこの「海外芸術評論叢書」の企画は、当時としてはきわめて先進的にしてユニークな試みだったのではないだろうか。その意気込みは選書にもうかがえるので、9までしか挙げられていないけれど、訳者も会わせて、「叢書」の明細を示してみよう。

1 スピンガーン、遠藤貞吉訳 『創造的批評論』
2 トロツキイ、武藤直治訳 『無産者文化論』
3 モリス、大槻憲二訳 『芸術のための希望と不安』
4 バルビユウス、青野季吉訳 『バルビユウス論抄』
5 カアペンタア、宇佐見文蔵訳 『創造の芸術』
6 ロオリツヒ、竹内逸訳 『美と慧眼の生活』
7 グリーアスン、遠藤貞吉訳 『近代神秘思想』
8 ツウルゲーニエイフ、宮原晃一郎訳 『文学的回想』
9 ヒエネカア、芥川潤訳 『エゴイスト』

f:id:OdaMitsuo:20210608142952j:plain:h120(『創造的批評論』)f:id:OdaMitsuo:20210608143240j:plain:h120(『芸術のための希望と不安』)

 「以下続刊」とあるけれど、このようなラインナップからして、「続刊」は難しかったのではないだろうか。著者だけでなく、訳者たちも半数はここで初めて目にするし、9にしても本邦初訳だし、訳者の芥川もプロフィルは定かではない。ただ7は日夏耿之介訳『近代神秘説』として、すでに新潮社から刊行されていたのである。

ヒユネカアの場合も、辻潤が『浮浪漫語』(下出書店、大正十一年)の中で紹介していただけだったと思われる。『世界文芸大辞典』にしても、ヒユネカアはヒュネカーとして立項され、アメリカの音楽評論家で、パリにおいて音楽理論を学び、ニューヨークの新聞諸誌で音楽批評を受け持ち、フランス文学に明るく、音楽、劇、文学上の多くの著書を刊行とあるが、それらの著書名は挙がっていない。その代わりに『エゴイスト』には代表作とされるリストやショパンの評伝などが引かれ、『エゴイスト』は Egoist : A Book of Superman の部分訳だが、ヒユネカアはアメリカの文芸と音楽に関する第一流の評論家だとされている。だが戦後の『増補改訂新潮世界文芸大辞典』においては立項もなく、それは大正末の「海外芸術評論叢書」の『エゴイスト』だけの翻訳で終わってしまったからではないだろうか。

Egoists: A Book of Superman

 ちなみに『エゴイスト』の内容を記しておけば、スタンダール、ボードレール、フローベール、アナトール・フランス、ユイスマンスの五人を対象とするフランス文学論集である。アメリカ人によるもので、抄訳であったにしても、「叢書」の企画試みと相俟って、きわめて早く翻訳刊行されたフランス文学論集だったと見なすべきだろう。

 私が古書目録で『エゴイスト』を入手したのは、『エマ・ゴールドマン自伝』の翻訳に際し、ジェイムズ・ヒュネカーがエマを取り巻く人々の一人であったことを知り、あらためてヒュネカーも当時のニューヨークにおけるアナキズム運動の近傍にいたことも認識させられたからである。そしてこの翻訳を機会として、『エマ・ゴールドマン自伝』に登場するヒュネカーも含む千人以上の人々を収録した『エマ・ゴールドマン自伝登場人物事典』を編むつもりで、資料収集を重ねていた。それほどにエマとその周辺人物をめぐる謎は深く、それが実現すれば、十九世紀末から一九三〇年代にかけてのアナキズム史、女性史、思想史、精神史を横断する人々が一堂に会するツールとなるはずだった。けれどもゾラの「ルーゴン・マッカール叢書」の翻訳に没頭せざるをえなくなり、機会を失ってしまったことになる。もはや年齢と仕事の関係からしても、実現は難しく、残念というしかない。

エマ・ゴールドマン自伝〈上〉 エマ・ゴールドマン自伝〈下〉

 なお昭和五十年代を迎えてだが、生田耕作の奢灞都館から、ハネカー、萩原貞二郎訳『エゴイストたち』が刊行された。これはボードレール、ユイスマンス、リラダンの三編を収録したものである。

f:id:OdaMitsuo:20210608105222j:plain:h110

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古本夜話1158 聚芳閣『院本正本日本戯曲名作大系』と三島才二

 本探索1116の『校註日本文学大系』から、ずっと「大系」シリーズをたどってきたが、もう一冊あるので、それも書いておこう。それは『院本正本日本戯曲名作大系』第一巻で、大正十四年に足立欽一の聚芳閣から刊行されている。足立と聚芳閣に関しては拙稿「足立欽一と山田順子」「聚英閣と聚芳閣」(いずれも『古本屋散策』所収)などで既述していることも明記しておく。

f:id:OdaMitsuo:20210113102520j:plain(『校註日本文学大系』)f:id:OdaMitsuo:20210530115149j:plain:h120 (『院本正本日本戯曲名作大系』)

 ただ先に断わっておくと、『全集叢書総覧新訂版』によれば、『院本正本日本戯曲名作大系』は四冊が出されただけで終わったようだ。それは昭和円本時代を迎えている中で、五円という定価は高かったことも影響しているのだろう。角書で示された「院本正本」とは実際に舞台で様々にアレンジされ、使われる「脚本」を意味しているようで、「名作」ではあっても、本来の古典としての「戯曲」ではない。それゆえに専門家、好事家向けの企画だったと考えられるけれど、それ以上の刊行は難しかったのではないだろうか。
全集叢書総覧 (1983年)

 手元にある第一巻はB6判の裸本だが、八〇〇ページに及び、厚さも五センチ近い。収録作品は竹田出雲『義経千本桜』の院本と正本、中村重助『近頃河原の達引』の院本、鶴屋南北『東海道四谷怪談』、市川宗家『助六由縁江戸桜』、作者不詳『近頃河原の達引』のそれぞれ正本で、いずれも冒頭に舞台の挿絵が置かれ、それも含めた三島才二による六四ページの解説が施されている。

 奥付を見ると、校訂編纂者はその三島才二で、検印のところには「校訂編纂者印」とあり、三島の印が押されている。このような「校訂編纂者印」は初めて目にするが、これは三島が『院本正本日本戯曲名作大系』を企画し、聚芳閣に持ち込み、校訂編纂の仕事に対して印税契約を結んだことを意味していよう。

 三島は三島霜川として、『日本近代文学大事典』にも立項されているけれど、ここでは本探索1126の『演劇百科大事典』(平凡社)のほうを参照してみる。

f:id:OdaMitsuo:20210605103430j:plain:h120

 みしまそおせん 三島霜川(1876~1934)小説家・演劇評論家。本名才二。明治九年富山県に生れ、硯友社の小説家として明治三一年ごろから活躍し、その作品は百数十編におよんだ。自然主義文学隆盛後は、文壇から遠ざかり、明治四〇年『演芸画報』の創刊時から関係し、歌之助の筆名で連載した「芝居見たまま」は同誌の呼びものになった。ついで犀児・椋右衛門の筆名で行った独特の観察による劇評や俳優を批評した記事は特に好評を博した。「東西役者の噂」「花形俳優月旦」「訳者の顔」「近世名優伝」などの連載もののほか、『役者芸風記』があり、脚本やシナリオも書いた。晩年まで『演劇画報』の編集に尽力し、昭和九年三月七日没。

 この立項からわかるのは三島が硯友社を出自とし、芝居の見巧者にして、優れた劇評家、役者や俳優についての独特な月旦家だったということになろうか。私はここで初めて劇評家としての三島を知ったし、『演芸画報』も同様だったので、こちらは『日本近代文学大事典』を引いてみた。するとほぼ一ページ四段に及ぶ解題が収録されて、明治四十年から昭和十八年にかけて継続して発行された歌舞伎を中心とする総合演劇誌だったとわかった。

f:id:OdaMitsuo:20210605114652j:plain:h120(『演芸画報』)

 大正元年からは『近代出版史探索Ⅲ』552の渥美清太郎、三島、藤沢清造が編集に携わり、それを通じて、渥美が春陽堂の『日本戯曲全集』、三島が『院本正本日本戯曲名作大系』の企画へとリンクしていったのであろう。それゆえに『演芸画報』の存在を抜きにして、日本の歌舞伎や戯曲の全集、大系、選集などは語れないと推測されるし、『演芸画報』もいずれ見てみたいと思う。

f:id:OdaMitsuo:20210605141423j:plain:h120

 それは三島の死後に出された『役者芸風記』(中央公論社、昭和十年)も同様なのだが、それでも『院本正本日本戯曲名作大系』第一巻の「解題」は読むことができる。この六四ページの「解説」は「南北芝居の基調」と「四谷怪談と其の時代相」、つまり『東海道四谷怪談』が大半を占めているので、そのエッセンスを挙げてみる。

 南北は『東海道四谷怪談』で、他の芝居に倍して、舞台装置として非人小屋と非人、卒塔婆、枯蘆、蛇と蛇遣い、薮だたみ、辻堂、出刃といった無気味なものばかりを多用し、その後ろに「黒幕」を好んで使う。そしてそこに登場する人物は非人を筆頭とし、雲助、隠亡、乞食坊主、番太、蛇遣い、因果物師、月代の伸びた浪人者、いずれも暗い底にうごめいている者ばかりだ。

 この『東海道四谷怪談』の背後にある時代相とは、江戸文化が爛熟し、ほとんど腐りかけていた文政の頃に相当する。南北はこのような江戸文化の底にうごめいている世相を描いているのだ。

 伊右衛門と直助権兵衛との変態なる凶悪ぶりを心に描き組立てながら、芝居国の黄ばンだ埃のなかに、薄暗い行燈の芯をかき立てかき立て、奇怪極まる一種の残忍性と、気味の悪き皮肉を以て、悪くひやゝかに、人間のくだらなさと、みじめさをながめてゐたと思はれる。作者南北の辛辣にしてねじ歪むだ心から響いて来る、その無気味な浮世話にも、また格段なる興味が感じられる。

 私はこの三島がいうところの「江戸狂言」を舞台で見たことはないし、中川信夫監督、天知茂主演の映画『東海道四谷怪談』を思い浮かべて、この部分を引用したが、確かに三島の言に重なり、それらのシーンが迫ってくるようにも思われた。

東海道四谷怪談 [DVD]

 このような大正時代における三島の劇評に対する反応はどうだったのであろうか。大正時代は終ろうとしていたし、確かにその世相は昭和を迎えて、『近代出版史探索』32の新潮社『現代猟奇尖端図鑑』に象徴されるような「エロ・グロ・ナンセンス」の時代に入ろうとしていたのである。

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