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古本夜話77 『性の心理』と田山花袋『蒲団』

ハヴロック・エリスの『性の心理』は初巻の刊行からほぼ百年後の一九九六年に、紛れもない全訳が未知谷から佐藤晴夫訳で出版され、日本語で読むことができるようになった。全巻を通読すると、『性の心理』が膨大な文献を渉猟した性の一大パノラマであることがあらためて了承される。それらは性的文献ばかりでなく、多くの学術雑誌の引用からわかるように、当時の様々な研究分野における新しい成果の集積でもあり、また古典から現代に至る夥しい文学作品も参照され、二十世紀初頭における性の問題の総決算のように思えてくる。もちろんシモンズも引用されている。

その内容を簡潔に述べると、第一巻で性に関する羞恥心の問題、性的欲望の周期、マスタベーション、第二巻で性本能、サディズムマゾヒズム、女性の性的衝動、第三巻で触覚、嗅覚、聴覚、視覚による性的刺激、第四巻でホモセクシャル、第五巻でフェティシズム、第六巻で性と社会に関する売春や結婚などの問題が扱われている。

だが『性の心理』にあって重要なのは生理学や心理学に基づく性科学の叙述よりも、それぞれの章に付されている「経歴」で、それらを数えてみると、五十編を超え、これらをまとめると優に一冊の分量となるだろう。「経歴」は日月社版では「実歴」と訳され、削除と空白が施されているので、これらも未知谷版が最初の全訳ということになる。「経歴」はHistory の訳で、具体的に言えば、「体験の告白」を意味している。クラフト・エビングの『変態性欲心理』にもこのような「体験の告白」はかなり収録されていたが、『性の心理』に比べれば短く、圧倒的にヴォリュームに欠けている。

ミシェル・フーコー『知への意志』(「性の歴史」1、渡辺守章訳、新潮社)の第三章「性の科学」において、告白は性に関する真理の言説の産出を律していて、最も広く適用される母型であり、悔悛の実践の中に組みこまれた教会の儀式の中に限定されていたが、医学、精神病理学、教育学が出現するに及んで、告白は広がっていったと述べ、次のように書いている。
知への意志

 つまり、告白の社会的手続きの分散であり、その強制の働く地点の多様化であり、その領域の拡大である。こうして、次第次第に、性の快楽の巨大な集蔵庫(アルシーヴ)が作られてきた。(中略)やがて、医学と精神医学と、更には教育学までもが、それを定着させ始めた。(中略)そしてとくにカーン、クラフト=エービング、タルディユー、モレ(渡辺も訳注で指摘しているように、モルの間違いだろう―引用者注)、ハヴロック・エリスが異形な性の多様な発現を歌うこの貧しい心情吐露の文学をことごとく、細心に取り集めたのである。こうして西洋社会は、自分たちの快楽について際限のない記録をつけ始めた。その標本図鑑を確立し、その分類を定めた。

まさにこのようにして、西洋の性科学が誕生したのである。それと同時に「告白という科学」も成立することになった。

また思想史的に見れば、性科学とはフェミニズムの問題の台頭しつつある時期に体系を整えようとしていたし、それは男たちによる新たな封じこめといった動向も孕んでいた。だからフーコーが言うように、性科学も新しい管理の言説という機能をも備えていたことに留意しなければならないだろう。

それはともかく『性の心理』に見られる「体験の告白」についての仮説をひとつ提出しておきたい。エリスの『性の心理』はその前書となる『性的倒錯』が本国のイギリスで発禁処分を受けたために出版できず、アメリカで一九〇〇年から一〇年にかけて六巻が刊行され、二七年に補巻が加わり、全七巻となった。つまり六巻本のほうは明治四十三年に完結していたし、ドイツやフランスの性科学書や性風俗書と異なり、ポルノグラフィックな写真、挿絵などは皆無なために、日本でも輸入はフリーパスで、かなり流入していたと考えられる。

これは未見であるが、大正十年に天祐社から矢口達訳編によって、『性的心理大観』が刊行されているようだ。矢口はオスカー・ワイルドやマリー・ストープスの『結婚愛』の訳者で、『世界性的風俗史』(『性科学全集』第七編、武俠社)を著しているが、これはエリスの著作を参考となっている。また翌十一年には鷲尾浩訳で冬夏社から『愛と苦痛』『女子の性欲衝動』『性愛の技巧』といった『性の心理』の分冊が出され、これらは宮沢賢治の愛読書であった。そして昭和二年から四年にかけて、日月社の『全訳・性の心理』が刊行されるに至っている。

『性の心理』における「経歴」は〇六年出版の第五巻までに大半が収録されているので、それらは日本でも明治四十年前後にはすでに読まれていたはずだ。その同時代に近代文学における「告白」をテーマとするふたつの小説が発表される。それは明治三十九年の島崎藤村『破戒』田山花袋『蒲団』である。

破戒 蒲団

柄谷行人『日本近代文学の起源』講談社文芸文庫)の「告白という制度」の中で、西洋的な小説形態をとった『破戒』よりも『蒲団』のほうが大きな影響を持ったことについて、ミシェル・フーコー『知の考古学』(中村雄二郎訳、河出書房新社)を引きながら、「告白・真理・性の三つ」が結合されて表われたと述べ、そして次のように書いている。

日本近代文学の起源" 知の考古学"

 花袋の『蒲団』がなぜセンセーショナルに受けとられたのだろうか。それは、この作品のなかではじめて「性」が書かれたからだ。つまりそれまでの日本文学における性とはまったく異質な性、抑圧によってはじめて存在させられた性が書かれたのである。この新しさが、花袋自身も思わなかった衝撃を他に与えた。花袋は「かくして置いたもの」を告白したというのだが、実際はその逆である。告白という制度が、そのような性を見出さしめたのだから。

柄谷がここで指摘している「それまでの日本文学における性とはまったく異質な性」についての「告白」とはまさに『性の心理』の「経歴」にもそのまま当てはまるものである。花袋が柳田国男とともに丸善に通って欧米の小説を渉猟し、自らの作品へと取りこんでいたことは紛れもない事実だ。その花袋がエリスの『性の心理』を知らなかったはずもない。それゆえに『蒲団』とは『性の心理』の「経歴」=「告白」に触発されて書かれたのではないだろうか。

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