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混住社会論150 三冊の日本住宅公団史

2009年に『週刊ダイヤモンド』(9/5号))が「ニッポンの団地」特集を組んでいた。これが現在まで続く団地をめぐる様々な特集や言説、出版などの先駈けになったように思われる。
週刊 ダイヤモンド 2009年 9/5号

1955年に日本住宅公団が設立され、翌年に大阪の金岡団地や千葉の稲毛団地の竣工が始まり、58年には団地族という言葉も生まれた。ダイニングキッチンと六畳、四畳半の二間からなる2DKに、バスと水洗トイレを備えた公団住宅は当時のあこがれの的であり、団地は核家族という特有の生活を生み出し、日本の戦後社会とともに歩んできたのである。

そうした意味をこめて、この特集のリードには「日本人の心の故郷」と謳われているが、すでに団地は半世紀の時を刻み、そこで暮らした人々にとって、ノスタルジーを伴った「故郷」のようなトポスと化しているのだろう。

しかし同時にその「故郷」は都市における「限界集落」的様相を帯びつつある。住民の急速な高齢化と建物の著しい老朽化というふたつの影に覆われ、その行方が問題となっている。この「ニッポンの団地」特集は、東西の二大団地エリアである多摩ニュータウン千里ニュータウンの現在をレポートし、高齢化と老朽化の問題、それらによるコミュニティの崩壊、建て替えの難航と訴訟などに具体的に言及している。これらを通じて浮かび上がってくるのは、岐路に立つ日本の住宅政策、これからの住宅問題、団地が輝いていた時代の終焉、高度成長と団地との関係などで、団地もまた様々な産業と同様に、誕生と成長から衰退へと向かい、死か再生かの危うい段階に入っていることがはっきりとわかる。そのような団地の歴史と現在が豊富な写真、図版、チャートで示され、コンパクトで要領のよい特集に仕上がっている。

そして「限界集落」化し、死か再生かの岐路に立っている現在の団地の姿は、ちょうど同じような状況の中にある出版業界の姿と重なってくる。またあらためて民間、分譲も含めて500万戸を超える団地の住民こそが、洗濯機、白黒テレビ、電気冷蔵庫の「三種の神器」、カー、カラーテレビ、クーラーの「3C」の普及の主役だったように、戦後の出版物を支える存在だったと認識できるのである。つまり彼らが戦後社会の消費の主役だったことになる。そのように考えてみると、両者がともに「限界集落」化してくるのは偶然ではない。

出版業界の問題に関しては『出版状況クロニクル4』を刊行したばかりなので、ここではこれ以上言及しない。だが団地についての重要な資料としてはまず出版物を挙げるしかない。それらは非売品扱いで刊行され、三冊に及ぶ日本住宅公団史で、団地に関する第一級基礎資料であるだけでなく、日本の戦後社会についての重要な文献となっているからである。それらのタイトルと発行年を記す。
出版状況クロニクル4

1 『日本住宅公団10年史』 1965年
2 『日本住宅公団20年史』 1975年
3 『日本住宅公団史』 1981年

いずれも大判の大冊で、500ページ弱から600ページ余に及んでいる。この三冊の中に、1955年から80年にかけての団地の歴史、開発と建設、住民と生活などが刻印され、戦後住宅史のひとつのストリームが鮮明に描き出されている。それを1の『日本住宅公団10年史』から見てみる。1は2と3のA4判よりもやや大きい判型で、これだけの大冊は戦後住宅史においても嚆矢だったのではないだろうか。

日本住宅公団総裁の狭間茂はその「序文」で、公団が社会の脚光を浴びつつ住宅政策を推進して10年が経過したと述べ、次のように書いている。

 10年の期間は、永劫にわたる国家生命からすれば、ほんのその一部に過ぎません。しかしその間、わが国の経済は極めて高度の成長を遂げ、社会経済事情の変貌、産業構造の転換などにともなって「もっと家を、よりよい家を、より多くの宅地を」といった国民待望の声もますます切実となり、政府の住宅政策は、年とともに拡充され強く推進されつつあるのであります。

この10年間に日本住宅公団は1万ヘクタールの土地を開発し、30万戸の住宅を建設していた。
この序文と公団の成長に呼応するように、谷川俊太郎が四編の詩を寄せ、その最初の詩は「新しい故郷」と題されている。これは谷川の全詩集にも含まれていないかもしれないので、引用しておこう。

  荒野を流れていた小川が
  いつか林の中を流れ
  今日は子ども等の学校へ通う
  橋の下を流れている
  人々がここでも寄りそって
  つくってゆく新しい故郷
  コンクリートの谺

ここに団地という戦後の新しい「コンクリート」の「故郷」が造型されたのである。そして『日本住宅公団10年史』の特色は、巻頭から120ページに及ぶ各地の様々な団地の写真であろう。もちろん他の二冊も口絵写真ページはあるが、20ページに充たない。おそらく生まれつつあった「新しい故郷」を記念する意味で、また可能性としての団地の初源の姿をとどめようとして、このように多くの写真が収録されたと考えられる。実際に住民の高齢化も建物の老朽化の影もなく、開発されたむき出しの土地に団地が立ち並び、また樹木も植えられたばかりのようで、育っていない。これが半世紀前の団地の姿だったのだ。長い写真ページから始まって、日本の住宅と都市をめぐる公団との関係、及びその開発、建設、管理、財務にわたる10年の歴史が詳細に述べられ、2DKなどの設計平面図も百数十例収録され、「新しい故郷」にふさわしい新しい住生活の誕生をリアルに伝えている。
それゆえにこの一冊は、公団のハードの部分と編集のソフトが絶妙のバランスで成立し、まだ瑞々しかった戦後の息吹きを感じさせる生活史のように読むこともできる。

これは日本住宅公団10年史刊行委員会による企画となっているが、谷川俊太郎の詩や団地の写真、斬新なレイアウトから推測できるように、当時の専門の編集スタッフに外注されたものであろう。スタッフとして本城和彦、プロデューサーとして藤田健三、チーフデザイナーとして粟津潔、写真家として二川幸夫、大塚守夫の名前が挙げられている。粟津潔以外の人の名前を知らないが、本城や藤田はどのような人物なのだろうか。だがこれだけはいえるだろう。団地が若かったように、詩人も編集者たちもまだ若く、戦後も成人の年を迎えたばかりだったのだ。

先述したように、2の『日本住宅公団20年史』の口絵写真は1と異なり、ページ数も大幅に縮小され、しかも1にあった団地の誕生のアウラは消滅している。そこに見えているのは創成期の団地ではなく、もはやひとつの住居ゾーンとしての確立された団地の姿であろうし、それは異邦の基地のようだ。高島団地、洋光台団地、男山団地、高蔵寺ニュータウン多摩ニュータウンなどのハイアングルな俯瞰写真は、それらが高度成長期を通じて開発造成された、まさに郊外のニュータウンであることを告知している。

しかしこれは『〈郊外〉の誕生と死』でも指摘しておいたことだが、高度成長という戦後日本社会の経済成長のために、都市へと否応なく召喚された人々に対して、国家が経済成長のためのサラリーマンの基地として用意した団地が、1970年代になって住居空間としての機能の限界を露出し始めていた。それは1975年刊行の『日本住宅公団20年史』に示された「およそ四・五年」という平均居住年数、及び日本住宅公団の賃貸住宅計画戸数が71年の6万2千戸をピークとして減少し始め、75年に至っては2万5千戸と半分以下になってしまったことに表出している。
〈郊外〉の誕生と死

その一方で、高度成長期は終焉し、70年代初頭のオイルショック以後、日本社会は急速に消費社会化していった。その過程で、家族と生活様式も変容していくのだが、そうした計画戸数の半減は日本住宅公団が、戦後家族の変容していくイメージを捉えることができなかったことをも意味している。それと同時に60年代後半に至り、来たるべき消費社会のコアを形成する情報産業やレジャー産業と並んで、本連載109114 で既述しておいたように、住宅産業が登場してくる。そしてこれも本連載で繰り返し記してきたように、70年代前半にはロードサイドビジネスが広範に開花する。

これらの事実は日本住宅公団の独占ともいえる住居の大量供給システム地と地域開発が、民間企業でも可能な段階に到達したこと、つまり住宅生産の工業化による民間供給システムの完成、及びニュータウン開発の実現を意味していた。またそれは住宅を巡るイメージとして、大工によって家を建てるのではなく、家を買うという時代、そうしたマイホーム時代に入りつつあったことにもなる。

そしてその中心となる団地居住者たちは都市の内側にマイホームを求めることは不可能であるから、団地のさらに外側の郊外へと向かう。かつて都市をめざしたように、今度は郊外へと。東京オリンピックに端を発する道路網の整備、首都高速道路・地下鉄・私鉄の親切や延長、自動車の普及、民間住宅産業の大量生産によるマイホームの出現、それらの時代状況のすべてが郊外に住むことを示唆していたし、かくして郊外は限りなく膨張していったのである。郊外に人口が移動し、マイホームが連なっていくという過程は、田や畑、森や丘陵地などが宅地になっていく風景として現出する。それこそが都市近郊の農村を混住社会化させるものだった。『日本住宅公団20年史』はその背景に、こうした郊外の膨張と都市近郊の農村の混住社会化を織りこんで成立しているといえよう。

団地の物語として、1が誕生、2が成長から衰退を語っているとすれば、3の1981年刊行の『日本住宅公団史』 は何に相当するのか。それは終焉に他ならない。その事実を五代目日本住宅公団総裁の澤田俤の「序」によって語らせよう。まず日本住宅公団が81年9月に閉じられ、新たに注宅・都市整備公団として再出発することが語られ、次のように続いている。

 顧れば、戦災の傷あとなお深く、国民が住宅の絶対的不足にあえいでいた昭和30年に公団が発足してから、実に四半世紀の年輪が刻まれるに至りました。団地を故郷とする子供たちも、既に立派な社会人として活躍していることになります。この間、実に100万戸余の住宅を供給し、宅地の開発は施行中を含め、2万6千ヘクタールに及び、住宅団地は1,000を超えるという一体事業体としては世界に類例のない大事業をなしとげました。
 往時の公団に課せられた使命は、限られた期間内に、大量の供給を行うことが中心でありましたが、一方公団は、住宅建設及び都市開発のパイオニアとして、創意と工夫をもって新しい住様式と新市街地を次々と開発し、現代の住宅と都市の在るべき姿を具現してきたのであります。
 しかしながら昭和40年代後半に至り、激しい変化に伴い、当公団の事業にも、種々の困難な事態が発生したのであります(後略)。

だがこの『日本住宅公団史』の中において、具体的に「種々の困難な事態」が語られているわけではない。このような公的資料にはよくあることなので、それに該当する部分を探すと、「住宅・都市整備公団設立の背景」の章に、次のような一文を見出すに至る。

 一方、経済の高度成長期を経た我国の国民所得水準の向上は著しく、これに伴う生活水準の向上は、人々の欲求の面においても、単なる私的消費の充足の域から私的生活の質の充実を実現する方向を強く指向している。中でも、住宅及び都市環境の改善に対する要請は特に強く、量から質へ、そして質自体も、高度化、多様化しつつある。

つまりこれは先述したように、日本住宅公団の団地の大量供給システムが、時代と住民ニーズに合わなくなった事実を告白していることにもなろう。それは地域開発を担う宅地開発公団の機能も同様であり、住宅の供給と都市整備を総合的一体的に実施するために、両者が統合され、住宅・都市整備公団が発足するのである。だがそれはリストラ合併でしかなく、90年代のバブル経済崩壊で公団分譲マンションの含み損を抱え、その処理のために都市基盤整備公団へと衣替えする。そして2004年には特殊法人改革によって、公団の独立行政法人化の方針から、UR(都市再生機構)が発足し、06年には住宅の大量供給を支えてきた住宅建設計画法に代わり、ストック重視の住宅政策の転換を主とする住生活基本法が制定されるに至っている。

しかし日本住宅公団によって戦後の範として示された団地やニュータウンという住居の大量生産、供給システムはそのまま民間の住宅産業に引き継がれ、とりわけ賃貸用の民間アパートとマンションは、これからバブルの清算の時期を迎えようとしている。日本住宅公団そのものは1981年に消滅したが、そこで培養されたシステムは延命し、21世紀のひとつの問題というべき火種を残したことになる。

◆過去の「混住社会論」の記事
「混住社会論」149  カネコアツシ『SOIL[ソイル]』(エンターブレイン、二〇〇四年)
「混住社会論」148  奥田英朗『無理』(文藝春秋、二〇〇九年)
「混住社会論」147  伊井直行『ポケットの中のレワニワ』(講談社、二〇〇九年)
「混住社会論」146  吉田修一『悪人』(朝日新聞社、二〇〇七年)
「混住社会論」145  窪 美登『ふがいない僕は空を見た』(新潮社、二〇一〇年)
「混住社会論」144  畑野智美『国道沿いのファミレス』(集英社、二〇一一年)
「混住社会論」143  森絵都『永遠の出口』(集英社、二〇〇三年)
「混住社会論」142  本間義人『国土計画を考える』(中央公論社、一九九九年)と酉水孜郎『国土計画の経過と課題』(大明堂、一九七五年)
「混住社会論」141  『田中角栄『日本列島改造論』(日刊工業新聞社、一九七二年)
「混住社会論」140  『佐久間ダム建設記録』(ジェネオン、二〇〇七年)
「混住社会論」139  デイヴィッド・グターソン『殺人容疑』(講談社文庫、一九九六年)
「混住社会論」138  ニーナ・ルヴォワル『ある日系人の肖像』(扶桑社ミステリー、二〇〇五年)
「混住社会論」137  アップダイク『カップルズ』(新潮社、一九七〇年)
「混住社会論」136  トルーマン・カポーティ『冷血』(新潮社、一九六七年)と高村薫『冷血』(毎日新聞社、二〇一二年)
「混住社会論」135  山上たつひこ、いがらしみきお『羊の木』(講談社、二〇一一年)
「混住社会論」134  古谷実『ヒミズ』(講談社、二〇〇一年)
「混住社会論」133  小田扉『団地ともお』(小学館、二〇〇四年)
「混住社会論」132  篠原雅武『生きられたニュータウン』(青土社、二〇一五年)と拙著『民家を改修する』(論創社、二〇〇七年)
「混住社会論」131  江藤淳、吉本隆明「現代文学の倫理」(『海』、一九八二年四月号)
「混住社会論」130  Karen Tei Yamashita , Circle K Cycles(Coffee House Press、二〇〇一年)
「混住社会論」129  高橋幸春『日系ブラジル移民史』(三一書房、一九九三年)と麻野涼『天皇の船』(文藝春秋、二〇〇〇年)
「混住社会論」128  邱 永漢『密入国者の手記』(現代社、一九五六年)
「混住社会論」127  宮内勝典『グリニッジの光りを離れて』(河出書房新社、一九八〇年)
「混住社会論」126  江成常夫『花嫁のアメリカ』(講談社、一九八一年)と有吉佐和子『非色』(中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」125  トシオ・モリ『カリフォルニア州ヨコハマ町』(原書一九四九年、毎日新聞社一九七八年)
「混住社会論」124  スティーヴン・グリーンリーフ『探偵の帰郷』(早川書房、一九八五年)とリチャード・ピアス『カントリー』(ポニー、一九八四年)『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)
「混住社会論」123  『アメリカ教育使節団報告書』(一九四六年、講談社学術文庫、一九七九年)
「混住社会論」122  カムマーン・コンカイ『田舎の教師』(勁草書房、一九八〇年)
「混住社会論」121  谷恒生『バンコク楽宮ホテル』(講談社、一九八一年)
「混住社会論」120  矢作俊彦『THE WRONG GOODBY ロング・グッドバイ』(角川書店、二〇〇四年)
「混住社会論」119  スタインベック『怒りの葡萄』(原書、一九三九年、第一書房、一九四〇年)とピエトラ・リボリ『あなたのTシャツはどこから来たのか?』(東洋経済新報社、二〇〇七年)
「混住社会論」118  ゾラ『大地』(原書、一八八七年、論創社、二〇〇五年)と長塚節『土』(春陽堂、一九一二年)
「混住社会論」117  渡辺京二『逝きし世の面影』(葦書房、一九九八年)と久米邦武編『特命全権大使 米欧国回覧実記』(新橋堂、一八七八年)
「混住社会論」116  ゾラ『ボヌール・デ・ダム百貨店』(原書、一八八三年、論創社、二〇〇二年)
「混住社会論」115  M・M・ジンマーマン『スーパーマーケット』(経済界、一九六二年)
「混住社会論」114  『大和ハウス工業の40年』(同編集委員会、一九九五年)
「混住社会論」113  安土敏『小説スーパーマーケット』(日本経済新聞社、一九八一年)とテーラー『科学的管理法』(産業能率短期大学出版部、一九六九年)
「混住社会論」112  藤田 田『ユダヤの商法』(KKベストセラーズ、一九七二年)と『日本マクドナルド20年のあゆみ』(同社、一九九一年)
「混住社会論」111  ジョージ・リッツア 『マクドナルド化する社会』(早稲田大学出版部、一九九九年)
「混住社会論」110  藤原伊織『名残り火』(文藝春秋、二〇〇七年)
「混住社会論」109  ピエール・ブルデュー『住宅市場の社会経済学』(藤原書店、二〇〇六年)と矢崎葉子『それでも家を買いました』(大田出版、一九九〇年)
「混住社会論」108  庄野潤三『夕べの雲』(講談社、一九六五年)
「混住社会論」107  宮部みゆき『理由』(朝日新聞社、一九九八年)
「混住社会論」106  黄 春明『さよなら・再見』(めこん、一九七九年)
「混住社会論」105  日影丈吉『内部の真実』(講談社、一九五九年)
「混住社会論」104  ウェイ・ダーション『セデック・バレ』(マクザム+太秦、二〇一一年)
「混住社会論」103  松本健一『エンジェル・ヘアー』(文藝春秋、一九八九年)
「混住社会論」102  村上春樹『羊をめぐる冒険』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」101  赤坂真理『ヴァイブレータ』(講談社、一九九九年)
「混住社会論」100  中上健次『日輪の翼』(新潮社、一九八四三年)
「混住社会論」99  多和田葉子『犬婿入り』(講談社、一九九三年)
「混住社会論」98  本間洋平『家族ゲーム』(集英社、一九八二年)
「混住社会論」97  黒岩重吾『現代家族』(中央公論社、一九八三年)
「混住社会論」96  近藤ようこ『ルームメイツ』(小学館、一九九七年)
「混住社会論」95  鎌田敏夫『金曜日の妻たちへ』(角川文庫、一九八五年)
「混住社会論」94  山田太一『岸辺のアルバム』(東京新聞社、一九七七年)
「混住社会論」93  小島信夫『抱擁家族』(講談社、一九六五年)と『うるわしき日々』(読売新聞社、一九九七年)
「混住社会論」92  佐藤洋二郎『河口へ』(集英社、一九九二年)
「混住社会論」91  佐藤泰志『海炭市叙景』(集英社、一九九一年)
「混住社会論」90  梶山季之『夢の超特急』(光文社カッパノベルス、一九六三年)
「混住社会論」89  岩瀬成子『額の中の街』(理論社、一九八四年)
「混住社会論」88  上林暁『武蔵野』(現代教養文庫、一九六二年)島田謹介『武蔵野』(暮しの手帖社、一九五六年)
「混住社会論」87  徳富蘆花『自然と人生』(民友社、一九〇〇年)と『みみずのたはこと』(新橋堂、一九〇七年)
「混住社会論」86  佐藤春夫『田園の憂鬱』(新潮社、一九一九年)と『都会の憂鬱』(同前、一九二三年)
「混住社会論」85  『東京急行電鉄50年史』(同社史編纂委員会、一九七二年) 『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」84  『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」83  谷崎潤一郎『痴人の愛』(改造社、一九二五年)
「混住社会論」82  三浦朱門『武蔵野インディアン』(河出書房新社、一九八二年)
「混住社会論」81  大岡昇平『武蔵野夫人』(講談社、一九五〇年)
「混住社会論」80  国木田独歩『武蔵野』(民友社、一九〇一年)
「混住社会論」79  水野葉舟『草と人』(植竹書院、一九一四年、文治堂書店、一九七四年)
「混住社会論」78  小田内通敏『帝都と近郊』(大倉研究所、一九一八年、有峰書店、一九七四年) 『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」77  『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」76  『宝塚市史』(一九七五年)と『阪神間モダニズム』(淡交社、一九九七年)
「混住社会論」75  小林一三『逸翁自叙伝』(産業経済新聞社、一九五三年)と片木篤・藤谷陽悦・角野幸博編『近代日本の郊外住宅地』(鹿島出版会、二〇〇〇年)
「混住社会論」74  柳田国男『明治大正史世相篇』(朝日新聞社、一九三一年)と山口廣編『郊外住宅地の系譜』(鹿島出版会、一九八七年)
「混住社会論」73  柳田国男『都市と農村』(朝日新聞社、一九二九年)
「混住社会論」72  内務省地方局有志『田園都市と日本人』(博文館一九〇七年、講談社一九八〇年)
「混住社会論」71  ローラン・カンテ『パリ20区、僕たちのクラス』(ミッドシップ、二〇〇八年)とフランソワ・ベゴドー『教室へ』(早川書房、二〇〇八年)
「混住社会論」70  マブルーク・ラシュディ『郊外少年マリク』(集英社、二〇一二年)
「混住社会論」69  『フランス暴動 階級社会の行方』(『現代思想』二〇〇六年二月臨時増刊、青土社)
「混住社会論」68  ディディエ・デナンクス『記憶のための殺人』(草思社、一九九五年)
「混住社会論」67  パトリック・モディアノ『1941年。パリの尋ね人』(作品社、一九九八年)
「混住社会論」66  ジャン・ヴォートラン『グルーム』(文春文庫、二〇〇二年)
「混住社会論」65  セリーヌ『夜の果ての旅』(原書一九三二年、中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」64  ロベール・ドアノー『パリ郊外』(原書一九四九年、リブロポート、一九九二年)
「混住社会論」63  堀江敏幸『郊外へ』(白水社、一九九五年)
「混住社会論」62  林瑞枝『フランスの異邦人』(中公新書、一九八四年)とマチュー・カソヴィッツ『憎しみ』(コロンビア、一九九五年)
「混住社会論」61  カーティス・ハンソン『8Mile』(ユニバーサル、二〇〇二年)と「デトロイトから見える日本の未来」(『WEDGE』、二〇一三年一二月号)
「混住社会論」60  G・K・チェスタトン『木曜の男』(原書一九〇八年、東京創元社一九六〇年)
「混住社会論」59  エベネザー・ハワード『明日の田園都市』(原書一九〇二年、鹿島出版会一九六八年)
「混住社会論」58  『日本ショッピングセンターハンドブック』と『イオンスタディ』(いずれも商業界、二〇〇八、〇九年)
「混住社会論」57  ビクター・グルーエン『ショッピングセンター計画』『都市の生と死』(いずれも商業界、一九六九、七一年)
「混住社会論」56  嶽本野ばら『下妻物語』(小学館、二〇〇二年)
「混住社会論」55  佐伯一麦『鉄塔家族』(日本経済新聞社、二〇〇四年)
「混住社会論」54  長嶋有『猛スピードで母は』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」53  角田光代『空中庭園』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」52  宮沢章夫『不在』(文藝春秋、二〇〇五年)
「混住社会論」51  吉本由美『コンビニエンス・ストア』(新潮社、一九九一年)と池永陽『コンビニ・ララバイ』(集英社、二〇〇二年)
「混住社会論」50  渡辺玄英『海の上のコンビニ』(思潮社、二〇〇〇年)
「混住社会論」49  いがらしみきお『Sink』(竹書房、二〇〇二年)
「混住社会論」48  佐瀬稔『金属バット殺人事件』(草思社、一九八四年)と藤原新也『東京漂流』(情報センター出版局、一九八三年)
「混住社会論」47  山本直樹『ありがとう』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」46  重松清『定年ゴジラ』(講談社、一九九八年)
「混住社会論」45  ジョン・ファウルズ『コレクター』(白水社、一九六六年)
「混住社会論」44  花村萬月『鬱』(双葉社、一九九七年)
「混住社会論」43  鈴木光司『リング』(角川書店、一九九一年)
「混住社会論」42  筒井康隆『美藝公』(文藝春秋、一九八一年)
「混住社会論」41  エド・サンダース『ファミリー』(草思社、一九七四年)
「混住社会論」40  フィリップ・K・ディック『市に虎声あらん』(平凡社、二〇一三年)
「混住社会論」39  都築響一『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』(アスペクト、一九九七年)
「混住社会論」38  小林のりお と ビル・オウエンズ
「混住社会論」37  リースマンの加藤秀俊 改訂訳『孤独な群衆』(みすず書房、二〇一三年)
「混住社会論」36  大場正明『サバービアの憂鬱』(東京書籍、一九九三年)
「混住社会論」35  ジョージ・A・ロメロ『ゾンビ』(C-Cヴィクター、一九七八年)
「混住社会論」34  エドワード・ホッパーとエリック・フィッシュル
「混住社会論」33  デイヴィッド・リンチ『ブルーベルベット』(松竹、一九八六年)
「混住社会論」32  黒沢清『地獄の警備員』(JVD、一九九二年)
「混住社会論」31  青山真治『ユリイカ EUREKA』(JWORKS、角川書店、二〇〇〇年)
「混住社会論」30  三池崇史『新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争』(大映、一九九五年)
「混住社会論」29  篠田節子『ゴサインタン・神の座』(双葉社、一九九六年)
「混住社会論」28  馳星周『不夜城』(角川書店、一九九六年)
「混住社会論」27  大沢在昌『毒猿』(光文社カッパノベルス、一九九一年)
「混住社会論」26  内山安雄『ナンミン・ロード』(講談社、一九八九年)
「混住社会論」25  笹倉明『東京難民事件』(三省堂、一九八三年)と『遠い国からの殺人者』(文藝春秋、八九年)
「混住社会論」24  船戸与一「東京難民戦争・前史」(徳間書店、一九八五年)
「混住社会論」23  佐々木譲『真夜中の遠い彼方』(大和書房、一九八四年)
「混住社会論」22  浦沢直樹『MONSTER』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」21  深作欣二『やくざの墓場・くちなしの花』(東映、一九七六年)
「混住社会論」20  後藤明生『書かれない報告』(河出書房新社、一九七一年)
「混住社会論」19  黒井千次『群棲』(講談社、一九八四年)
「混住社会論」18  スティーヴン・キング『デッド・ゾーン』(新潮文庫、一九八七年)
「混住社会論」17  岡崎京子『リバーズ・エッジ』(宝島社、一九九四年)
「混住社会論」16  菊地史彦『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、二〇一三年)
「混住社会論」15  大友克洋『童夢』(双葉社、一九八三年))
「混住社会論」14  宇能鴻一郎『肉の壁』(光文社、一九六八年)と豊川善次「サーチライト」(一九五六年)
「混住社会論」13  城山三郎『外食王の飢え』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」12  村上龍『テニスボーイの憂鬱』(集英社、一九八五年)
「混住社会論」11  小泉和子・高薮昭・内田青蔵『占領軍住宅の記録』(住まいの図書館出版局、一九九九年)
「混住社会論」10  ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』(河出書房新社、一九五九年)
「混住社会論」9  レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』(早川書房、一九五八年)
「混住社会論」8  デイヴィッド・ハルバースタム『ザ・フィフティーズ』(新潮社、一九九七年)
「混住社会論」7  北井一夫『村へ』(淡交社、一九八〇年)と『フナバシストーリー』(六興出版、一九八九年)
「混住社会論」6  大江健三郎『万延元年のフットボール』(講談社、一九六七年)
「混住社会論」5  大江健三郎『飼育』(文藝春秋、一九五八年)
「混住社会論」4  山田詠美『ベッドタイムアイズ』(河出書房新社、一九八五年)
「混住社会論」3  桐野夏生『OUT』後編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」2  桐野夏生『OUT』前編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」1