出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話1321 望月百合子『大陸に生きる』と大和書店

 前回、『女人芸術』創刊号の「評論」は山川菊栄「フェミニズムの検討」、神近市子「婦人と無産政党」に続いて、望月百合子「婦人解放への道」が並んでいることを既述しておいた。その内容にふれると、婦人解放は単なる参政権の獲得や職業上の平等だけでなく、男子の解放も意味し、自由と平等と相互扶助の精神を体現する連帯生活に求められるべきだという主張である。

 (『女人芸術』創刊号)

 さらに望月の論に踏みこまないけれど、『女人芸術』創刊時の昭和初年において、彼女は中條ならぬもう一人の百合子として、山川や神近に匹敵するフェミニズム陣営の論者だったことになる。だが『神近市子自伝』に山川(青山)菊栄は出てきても、望月は登場していない。本探索1316のエロシェンコとアグネス・アレグザンダーの席に望月とともに参加しているはずなのに。それは二人の思想の相違に加え、望月がアナキストとして『女人芸術』から離反し、昭和五年に高群逸枝、住井すゑ子、八木秋子たちと『婦人戦線』を創刊したことも関係しているのだろう。

 望月は『日本アナキズム運動人名事典』に半ページを超える長い立項があるので、それを要約してみる。明治三十三年山梨県生まれで、東京市ヶ谷の成女高等女学校卒業後、大正八年に読売新聞社に入社し、洋服と断髪でモダンガールの走りとなる。この頃、石川三四郎と出会い、十年に新聞社を辞め、石川と同じ船で農商務省派遣によるフランス留学へと旅立ち、フランスのアナキストたちと知り合い、アナトール・フランスの『タイース』を翻訳し、十三年に新潮社から出版し、十四年に帰国する。昭和二年に石川による千歳村での土民生活の実践としての共学社にパートナーとして関わり、翌年には『女人芸術』に参加する。昭和五年に同志の古川時雄と結婚し、十三年に夫が満州に職を得たことで、彼女も新京にわたり、『満洲新聞』の記者となり、満州在住の女性のための大陸文化学園、丁香女塾を開くのである。

日本アナキズム運動人名事典

 この満州時代の新聞記者としての開拓村取材や大陸文化学園、丁香女塾、それらにまつわる随筆を集成したのが、昭和十六年に大和書店から刊行された『大陸に生きる』復刻ゆまに書房、平成十四年)ということになる。この版元に関しては『近代出版史探索Ⅴ』949で、大陸書房のシーブルック『アラビア遊牧民』の元版が、昭和十八年に大和書店から出された『アラビア奥地行』であることを記しておいた。この片柳忠男を発行者とする神田多町の大和書店の出版物は、古書目録で見かけるたびに申しこんでいたけれど、人気があるのかいつも外れてしまい、E・H・パーカー、閔丙台訳『韃靼一千年史』(昭和十九年)しか入手していない。

文化人の見た近代アジア (6) 復刻 大陸に生きる (ゆまに書房)  

 だが幸いなことに、この一冊には巻末に二十四冊の出版広告が掲載され、しかも先の『アラビア奥地行』の隣に『大陸に生きる』が「小林秀雄、林房雄、阿部知二先生推奨。大陸に挺身した日本女性の大陸文化に建設苦闘記」として並んでいたのである。それらを見ると、大和書店は満鉄の東亜経済調査局と関係が深い版元だと考えていたのだが、「日本少国民文学新鋭叢書」として、新美南吉『牛をつないだ椿の木』、中西悟堂編「絵による自然科学叢書」などの児童書も出版していたとわかる。また『大陸に生きる』の巻末広告には「新日本文学」として、内閣情報局、大政翼賛会後援の『愛国浪曲原作集』も見られる。本当に望月の軌跡と同様に、大東亜戦争下の出版は錯綜している。

 それでも『大陸に生きる』の出版経緯はその「後記」によって明らかになる。そこには「矢橋兄」、「昔流に言へば刎頚の友とも云ふべき兄のおゝすめ」でという謝辞がしたためられているからだ。「矢橋兄」とは『日本アナキズム運動人名事典』に立項のある矢橋丈吉のことだと見なしていいだろう。彼は村山知義の『マヴォ』やアナキズムを標榜する『文芸解放』同人で、昭和二年に春陽堂に入社し、『近代出版史探索Ⅵ』1098の『明治大正文学全集』の校正に従事するが、四年に関東出版労働組合の支持を受け、春陽堂争議に関わり、解雇される。そして自由労働者として東京市失業救済土木事業に携わり、七年に『マヴォ』以来の友人戸田達雄の営む広告会社オリオン社に勤める。

 この戸田をやはり『同事典』で引いてみる。するとオリオン社は同じく『マヴォ』同人の片柳忠男と設立し、『近代出版史探索Ⅱ』221の萩原恭次郎『死刑宣告』 にリノリウムカットを寄せているとある。先述したように、片柳こそは大和書店の発行者だった。それにこの片柳も『同事典』に立項されているので、それを引いてみよう。

死刑宣告 (愛蔵版詩集シリーズ)

 片柳忠男 かたやなぎ・ただお 1908(明41)~1985(昭60)24年7月『マヴォ』の創刊に参加する。同年戸田達雄と広告代理店オリオン社を設立。29年までオリオン社があったエビス倶楽部の部屋には『マヴォ』の同人や種種雑多な人物画出没し、アナ系の貧乏サロンの趣きがあったという。

 それらは矢橋の他に辻まこと、竹久不二彦、島崎蓊助たちだった。とすれば、片柳はその一方で大和書店も設立し、そこに矢橋も編集者として加わり、望月百合子の『大陸に生きる』が出版されたことになる。

 そういえば、昭和四十年代半ばにオリオン出版社から高木護編『辻潤著作集』全七巻が刊行され、そこにオリオン社への謝辞もあった。おそらくその発行人の宮本学も、このオリオン社に連なる人脈の一人のように思われる。いずれ片柳のことも『画集片柳忠男』(三彩社)を入手していから書くつもりでいる。


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古本夜話1320 『女人芸術』創刊号

  前回、神近市子が長谷川時雨と『近代出版史探索Ⅵ』1054の生田花世に誘われ、『女人芸術』に加わったことにふれた。

 (『女人芸術』創刊号)

 私は「夫婦で出版を」(『文庫、新書の海を泳ぐ』所収)を始めとして、『近代出版史探索Ⅲ』434、435などで、三上於菟吉と長谷川時雨が関わった出版社に言及しているし、『同Ⅲ』437においては時雨と『女人芸術』と女人芸術社にもふれている。だがその際にはまだ『女人芸術』の実物を見ていなかったけれど、後に近代文学館編、講談社刊行の「複刻日本の雑誌」を入手し、『女人芸術』創刊号に目を通すことができたのである。

文庫、新書の海を泳ぐ―ペーパーバック・クロール

 この「複刻」には菊判の『女人芸術』よりもひと回り大きい『青踏』も見出され、『蕃紅花(さふらん)』はないけれど、あらためて神近が『青踏』『蕃紅花』『女人芸術』の同伴者だったことを実感させてくれる。彼女がこのような明治、大正、昭和の三代にわたる女性による文芸雑誌に一貫して寄り添ってきた「新しい女」の一人だとわかる。だがそうした事実を追っていくときりがないので、ここでは『女人芸術』だけにとどめたいし、その証言を引いてみる。

 『女人芸術』は昭和三年七月に創刊された。編集会議は長谷川女史のお宅で開かれ、資金面は夫君の三上於菟吉がカバーしてくれた。当時の婦人文筆家で、この雑誌に執筆しない人はないだろう。表紙の絵も女流作家に依頼し、創刊号の巻頭写真にはソ連にp旅行中の中条(宮本)百合子の近影が選ばれた。私は山川菊栄女史といっしょに、主として評論を書いた。
 林芙美子が『放浪記』を連載して一躍流行作家の列に入り、上田(円地)文子が戯曲『晩春騒夜』を発表して小山内薫に認められたのもこの『女人芸術』である。この雑誌では、上記の人々のほかに生田花世、岡田禎子、板垣直子、大田洋子、中本たか子、矢田津世子、真杉静枝らが活躍した。

 この証言に『女人芸術』創刊号を照合してみる。創刊が昭和三年の円本時代だったのは、その前年に平凡社の『現代大衆文学全集』32として、『三上於菟吉集』が刊行され、ベストセラーとなっていたからで、その印税が三上から提供されたのである。さらに『同全集』には続刊二冊の収録も決まっていたはずで、それらの印税も『女人芸術』の資金源となったと思われる。

三上於菟吉集 (現代大衆文学全集 第32巻)

 そうした事実は本探索でも繰り返し指摘してきているが、その創刊が円本時代であるばかりでなく、プロレタリア文学の時代に他ならなかったことを知らしめるのは、神近も挙げている「ソ連旅行中」の中条百合子たちの「巻頭写真」であろう。そこには「モスクワにおける中条百合子氏の近影」として、彼女の他に、秋田雨雀、湯浅芳子、鳴海完造、ニキチナが並び、長谷川時雨のイメージとは異なるが、『女人芸術』の出発に当たっての時代のトレンドをうかがうことができよう。

 雨雀とロシア女性のニキチナのことはこれからもふれるので、ひとまずおく。また百合子と湯浅芳子の関係はすでに『近代出版史探索Ⅳ』657で取り上げているし、鳴海完造はこれも拙稿「叢文閣、足助素一、プーシキン『オネーギン』」(『古本屋散策』所収)で、彼が十年に及ぶソヴエト滞在者にして、『オネーギン』(岩波文庫、昭和二年)の翻訳者だったことを既述しておいた。それらのことから考えると、当時の「女人」にとって、このような百合子たちの写真はアイコンでもあったことを伝えていよう。

古本屋散策

 それに続く「評論」には神近が語っているように、山川菊栄「フェミニズムの検討」、神近「夫人と無産政党」、望月百合子「婦人解放の道」が三本立てのように位置し、中条百合子達の写真とのコレスポンダンスを示している。それにここでの山川の「フェミニズム」のタームの仕様はきわめて早いものではないだろうか。それに合わせるように、『文藝春秋』にならってか、「文壇人気番付」の他に「新興文壇番付」も掲載され、それは「フェミニズム」から見られた「男性番付」を想起させ、何となくおかしい気にもさせられる。ちなみに三上は前者の東方大関を占め、時雨の顔を立てているとも見受けられる。

 翻訳はこれも拙稿「片山廣子『翡翠』」(『古本屋散策』所収)などの松村みね子がリアム・オッフラハアティ「野にゐる豚」、本探索1205の八木佐和子がドーデ「アルルの女」の翻訳を寄せているのは意外でもあった。複刻のほうの表紙は目次に示されているように、植原久和代の「夏の香」で、ブドウやミカンなどを描いた静物画で、「婦人より見たる作家番付俳優番付」との帯が巻かれている。ところが『日本近代文学大事典』第五巻の「新聞・雑誌」における『女人芸術』創刊号の書影は異なっている。それは『近代出版史探索Ⅲ』437で指摘しておいたように、第一期『女人芸術』のほうの創刊号で、大正十二年に元泉社から出され、関東大震災の被害を受け、二号で終わってしまったのである。したがって、昭和三年創刊のほうは第二期ということになる。

(第一期『女人芸術』創刊号)

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古本夜話1319 エロシェンコと『神近市子自伝』

 前回、神近市子がバハイ教のアグネス・アレグザンダーの部屋の常連であったことにふれた。高杉一郎は『夜あけ前の歌』において、主として『秋田雨雀日記1』に基づくと思われるが、「エロシェンコはとりわけ神近市子がすきであった」と記し、続けて次のように述べている。

(『夜あけ前の歌』)秋田雨雀日記

 神近市子は、エロシェンコにとっては日本人として最初の女ともだちであったが、どこか郷里にいる妹のニーナを想いださせるところがあり、またロンドンでエロシェンコが好きだった女友だちに声がよく似ていた。一般に、日本の女は、ひとに問いかけられても、「然り」か「否」かさえもはっきり答えないで、ひどくじれったいが、神近市子だけは例外で、なんでもハキハキとものを言ったし、エロシェンコが得意とする皮肉や悪口にたじろがないばかりか、それよりももっと鋭い皮肉や悪口で応酬してきた。それが、エロシェンコにとっては、なんともいえないよろこびをあたえた。

 それだけでなく、エロシェンコは神近にインド旅行を提案したり、彼女の大杉栄、伊藤野枝との三角関係にまつわる助言もしているし、神近が大杉を刺した日蔭茶屋事件による二年ぶりの出獄を迎えたのはエロシェンコと秋田だった。またこれは高杉も証言しているように、エロシェンコの日本での版権は神近に譲られていたのである。

 ところが戦後の「わが愛わが戦い」とある『神近市子自伝』(講談社、昭和四十七年)において、このようなエロシェンコとの交流は「あとがきにかえて」にとどめられているだけで、本文では迂回されているニュアンスが感じられる。エロシェンコと秋田雨雀が彼女の出獄の際に迎えにきてくれたことは書かれているけれど、二人との出会いは明治末とあるので、時代を間違えてもいる。

 ただ神近は戦後の五期にわたる衆議院議員を務め、それなりに功成り名遂げる晩年の自伝であることに加え、昭和四十五年には彼女と日蔭茶屋事件をテーマとする、吉田喜重監督の映画『エロス+虐殺』に対して、名誉棄損、プライバシー侵害で訴えたこともあり、ナーバスな状況においての自伝刊行だったことも考慮すべきだろ。それゆえに大杉栄との事件はともかく、それ以外の若い日のエロシェンコやバハイ教のアグネス・アレグザンダーとの交流に深くふれることは避けたかったのかもしれない。

エロス+虐殺 [DVD]

 しかしそれ以外のエロシェンコや大杉などと密接に関係する社会主義者たちにはかなり詳細に言及していて、神近ならではの証言となっているのである。例えば、本探索1306の和田軌一郎と労働社、その小新聞『労働者』に関するものだ。大正九年に彼女は評論家の鈴木厚と結婚して青山学院の裏門近くの家で新しい生活を始めるのだが、そこを訪ねてきたのが吉田一や和田で、いつの間にかその新居が労働社と『労働者』編集の場となってしまった。彼らは大杉からの離反者で、神近の出獄後のポジションがうかがわれるような社会主義陣営の流動といえるだろう。そこにはやはり大杉に批判的な宮嶋資夫の存在も作用していたようだ。

 その余波は大正十年のメーデーに於ける吉田の検束や和田の活躍、エロシェンコの追放などに加えて、続けざまに吉田、和田、高尾平兵衛の金の無心として生じていた。後に判明したのはそれがモスクワの極東勤労者大会に向かうための資金でもあったのだ。また同じく、モスクワからの連絡係久板卯之助の伊豆における凍死も語られている。それにどうも神近夫妻の家はモスクワ帰りの吉田たちの秘密の集会所、彼女の言葉を借りれば、「静かな修羅場」と化し、当時の有力な印刷工組合などの幹部が召集されるアジトのようになってしまったのである。つまりいってみれば、吉田や和田などの帰還者のための後方支援の場を形成していた。

 そうした事実は『神近市子自伝』にしか語られていないし、印刷工組合をたどった水沼辰夫『明治・大正期自立的労働運動の足跡』(JCA出版、昭和五十四年)にしても、吉田や和田のモスクワ行きとその帰還に関してはふれられているけれど、その活動の主たる場が神近の家だったことへの言及は見当らない。ある意味で、その家は奇妙なアナキズムとボルシェヴィズムの緩衝地帯だったといえるのかもしれない。

(『明治・大正期自立的労働運動の足跡』)

 だがそれだけで話は終わらないし、高尾と吉田は大正十二年六月に赤化防止団の米村嘉一郎を襲い、逆に拳銃で撃たれ、前者は即死し、後者は足を負傷し、神近のところに逃げこんできたのである。高尾の葬式の日には有島武郎心中事件も報道され、九月には関東大震災が起きて、大杉たちが虐殺される。その後の十一月には突然和田が姿を現わした。彼もまたモスクワから、しかも本探索1306で既述しておいたように、エロシェンコとの小旅行の後に帰ってきたのだった。その後の吉田や和田の消息は確かめていないけれど、神近は『近代出版史探索Ⅲ』438の長谷川時雨と、『同Ⅵ』1054の生田花世の誘いにより、『同Ⅲ』437の『女人芸術』に加わり、文学と編集と翻訳の道を歩んでいることになるのである。


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古本夜話1318 エロシェンコ、アグネス・アレグザンダー、バハイ教

 これも高杉一郎の『夜あけ前の歌』で教えられたのだが、「バハイ教」と題する一章があって、エロシェンコの来日と同年の大正時代の日本に、アグネス・アレグザンダーがその布教のためにやってきて、住みついていたのである。

(『夜あけ前の歌』)

 「バハイ教」に関しては『近代出版史探索Ⅳ』655で、『世界聖典外纂』における、やはり『同Ⅳ』656の松宮春一郎の「光の教」とされる紹介と解説を挙げておいた。この『世界聖典全集』の言及にしても、すでにアグネスによる布教に由来していたと推測される。だがここでは松宮の言及よりも、出典は定かでないけれど、高杉の説明のほうを参照すべきであろう。

世界聖典全集

 バハイ教は一八四四年にペルシアで、モハメッドの子孫のミルザ・アリ・モハメッドが人間世界は新しい時代に入り、新時代における大教育者があらわれるという神託をもたらしたことで始まり、彼は新時代の門を開いたとして「バブ」(ペルシア語で門)と呼ばれた。そしてペルシアで「バブ」の教えが広まり、為政者にとって大きな脅威になると、「バブ」と信徒たちは迫害され、一八五〇年に処刑され、その死骸はハイフアのカーメル山に埋められた。

 「バブ」の殉教後、高弟のミルザ・ホセイン・アリが牢獄で大教育はおまえだという神託を得て、彼は新時代の大教育者バハ・ウラー(ペルシア語で神の栄光)となり、四十年にわたる追放と幽囚の中で、布教を続けたが、一八九二年に七十五歳の生涯を閉じた。バハ・ウラーは長男のアッパス・エフェンディを指導者として指名し、彼はアドゥル・バハ(バハ・ウラーのしもべ)と呼ばれ、欧米にも布教活動を広げ、一九二一年に七十七歳で永眠したが、バハイ教信者は五大陸、百四十七ヵ国にも及び、シカゴ郊外の「バハイ礼拝堂の家」は世界五大寺院のひとつに数えられるに至っていた。

 このようなバハイ教の説明の後で、高杉は述べている。

 さてこのバハイ教なるものには、お寺も教会もなく、したがって僧侶も牧師も存在しない。礼拝の家はあるが、そこでは説教のようなことは全然おこなわれない。あらゆる宗教的背景をもったひとたち―ユダヤ教徒やキリスト教徒、ヒンズー教徒や仏教徒、それに無神論者さえ集まって、あらゆる宗教の経典を朗読し、祈ったり、冥想したりするのである。

 そして「バハイ教は、近代の合理主義的な精神を大いにとりいれた宗教」で、その精神はトルストイの思想、ザメンホフのエスペラントの内在思想としての人種一家主義(ホマラニスモ)、ゴーリキーの理性的造神運動とも通底しているのではないかと指摘されている。また高杉はバハ・ウラーの挙げたバハイ教の内実を示す「十二の原則的な教理」も挙げている。それは世界平和の確立とエスエランとの採用なども含んで興味深いが、長くなってしまうこともあり、ここではふれない。

 アグネスはホノルル大学学長のウィリアム・アレグザンダーの娘で、父の遺言により、バハイ教布教のためにヨーロッパ回りで日本にやってきたのである。それがどうしてエロシェンコとつながったかというと、彼女がジュネーヴの世界エスペラント協会を訪ねた際に、そこにいたロシア女性のアンナ・シャラーボヴァから、日本にいるエロシェンコに会うように頼まれたことによっている。

 アグネスは九段坂上の横上にあるアパートに居を定め、英語とエスペラントを用いて布教につとめた。バハ・ウラーの予言書『隠語録』(The Hidden Words of Baha’u’llah)の研究会も開いた。エロシェンコは彼女の助力を得て、『隠語録』をエスペラントに訳し、それを持って秋田雨雀を訪れ、日本語への翻訳も頼んでいる。アグネスの部屋に集った人々はエロシェンコの他に福田国太郎、望月百合子、秋田雨雀などで、エスペランティストではなかったが、神近市子も『東京日々新聞』の記者として取材に訪れたことで、アグネスの部屋の常連になっていた。福田は『日本アナキズム運動人名事典』にも立項があるように、アナキストとしてのエスペラント運動に邁進した人物で、エスペラント文芸誌『緑のユートピア』を刊行し、エロシェンコの講演の通訳も担ったとされる。

The Hidden Words of Baha'u'llah: Illustrated by Corinne Randall (Baha'i Books) ( The Hidden Words of Baha’u’llah) 日本アナキズム運動人名事典

 高杉はこれも大正四年付のアグネスとエロシェンコの並立写真を掲載し、エロシェンコもバハイ教信者ではなかったにしても、それに強く心を引かれていたことは確かだと述べている

 『近代出版史探索Ⅲ』563で、『秋田雨雀日記1』に見える神智学者であるフランス人リシャール夫妻のことにふれているが、この二人にバハイ教のアグネスやエロシェンコも加えられるのである。それゆえに、大正時代後半はまさに『近代出版史探索』104の『世界聖典全集』が編纂刊行される時期にふさわしかったことを今さらながらに気づかされる。そうして出版物が時代の合わせ鏡のように残されたことにもなろう。

秋田雨雀日記


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出版状況クロニクル173(2022年9月1日~9月30日)

22年8月の書籍雑誌推定販売金額は801億円で、前年比1.1%減。
書籍は423億円で、同2.3%減。
雑誌は378億円で、同0.2%増。
雑誌の内訳は月刊誌が315億円で、同0.3%増、週刊誌は62億円で、前年同率。
返品率は書籍が37.9%、雑誌は41.8%で、月刊誌は41.5%、週刊誌は43.3%。
雑誌が前年増となったのは21年5月以来で、月刊誌のプラスは『ONE PIECE』(集英社)103巻が300万部を超えて発売されたことなどによっている。
しかし取次の書店POS調査を見ると、書店売上は低迷状態が続いている。
八重洲ブックセンター本店の閉店が発表されたのは象徴的で、これからの取次グループ書店の行方を注視しなければならない。

ONE PIECE 103 (ジャンプコミックス)


1.『日経MJ』(8/31)の2021年度「卸売業調査」が出された。
 そのうちの「書籍・CD部門」を示す。


■書籍・CD・ビデオ卸売業調査
順位社名売上高
(百万円)
増減率
(%)
営業利益
(百万円)
増減率
(%)
経常利益
(百万円)
増減率
(%)
税引後
利益
(百万円)
利益率
(%)
主商品
1日版グループ
ホールディングス
504,9932,84036481,39113.0書籍
2トーハン428,1511,2791,177▲1,64814.6書籍
3図書館
流通センター
51,0822.62,141▲0.62,266▲2.81,31018.8書籍
4楽天ブックス
ネットワーク
47,737書籍
5日教販27,257▲1.55478.73571.722511.0書籍
9春うららかな書房2,64135322028.6書籍
MPD148,635354133.5CD


 TRC(図書館流通センター)の売上高は3位で、トーハン、日販GHDと一ケタ異なる510億円だが、税引後利益額は遜色がない。
 粗利益率も18.8%と群を抜き、売上高経常利益率に至っては4.4%で、日教販1.3%、日販GHD 0.7%、トーハン0.3%に比べ、ダントツということになる。
 増え続ける公共図書館を背景とする図書館専門取次として、低返品率、出版社との直接取引などが相乗し、雑誌を扱っていないにもかかわらず、このような高利益率を確保するに至っている。知られざるTRCの成長のメカニズムは『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』(論創社)で明らかにしたばかりだ。
 それを日販やトーハンに当てはめれば、書店が増え、雑誌が売れ、その返品率が低かったことで成長も可能だったことを示唆している。ところが書店は減少する一方で、閉店も多いために返品率は高止まりのままであり、もはや流通業としての利益が生じる取次ではなくなっていることを告げていよう。
  



2.日本図書館協会の『日本の図書館 統計と名簿2021』が出されたので、1と関連して、その「公共図書館経年変化」を示す。

日本の図書館 2021: 統計と名簿
日本の図書館統計と名簿2021

■公共図書館の推移
    年    図書館数
専任
職員数
(人)
蔵書冊数
(千冊)
年間受入
図書冊数
(千冊)
個人貸出
登録者数
(千人)
個人貸出
総数
(千点)
資料費
当年度
予算
(万円)
1971 8855,69831,3652,5052,00724,190225,338
1980 1,3209,21472,3188,4667,633128,8981,050,825
1990 1,92813,381162,89714,56816,858263,0422,483,690
1997 2,45015,474249,64919,32030,608432,8743,494,209
1998 2,52415,535263,12119,31833,091453,3733,507,383
1999 2,58515,454276,57319,75735,755495,4603,479,268
2000 2,63915,276286,95019,34737,002523,5713,461,925
2001 2,68115,347299,13320,63339,670532,7033,423,836
2002 2,71115,284310,16519,61741,445546,2873,369,791
2003 2,75914,928321,81119,86742,705571,0643,248,000
2004 2,82514,664333,96220,46046,763609,6873,187,244
2005 2,95314,302344,85620,92547,022616,9573,073,408
2006 3,08214,070356,71018,97048,549618,2643,047,030
2007 3,11113,573365,71318,10448,089640,8602,996,510
2008 3,12613,103374,72918,58850,428656,5633,027,561
2009 3,16412,699386,00018,66151,377691,6842,893,203
2010 3,18812,114393,29218,09552,706711,7152,841,626
2011 3,21011,759400,11917,94953,444716,1812,786,075
2012 3,23411,652410,22418,95654,126714,9712,798,192
2013 3,24811,172417,54717,57754,792711,4942,793,171
20143,24610,933423,82817,28255,290695,2772,851,733
2015 3,26110,539430,99316,30855,726690,4802,812,894
20163,28010,443436,96116,46757,509703,5172,792,309
2017 3,29210,257442,82216,36157,323691,4712,792,514
2018 3,29610,046449,18316,04757,401685,1662,811,748
2019 3,3069,858453,41015,54357,960684,2152,790,907
2020 3,3109,627457,24515,05458,041653,4492,796,856
20213,3169,459459,55014,89356,807545,3432,714,236

 21年の公共図書館界で異変が起きているといってもいいかもしれない。それは個人貸出総数が5.4億冊で、20年の6.5億冊に比べて、1億冊以上の減少を見ている。
 21年の図書館数は20年よりも6館増えているし、専任職員数、蔵書冊数、年間受入図書冊数、個人貸出登録者数、資料費はほとんど変わっていないのだが、個人貸出総数だけが急激に減少していることになり、それは20年前に戻ってしまう数字である。この減少に対して、21年の書籍販売部数は5.2億冊で、図書館の個人貸出冊数と書籍販売部数が接近してきている。
 これは『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』において、「書店数、図書館数、個人貸出総数と書籍販売部数」の推移で示しておいたが、2010年から個人貸出総数と書籍販売部数が逆転し、その差は開く一方で、17年からは1億冊以上、個人貸出総数が上回る事態となっていたのである。
 その個人貸出総数が21年になって、いきなり逆に1億冊以上減少してしまった。コロナ禍や電子書籍図書館化によって生じたものではないと見ていいし、原因は何なのか。単に無料貸本屋の客と需要が減っただけなのか、あらためてこの事実に注視しなければならない。



3.八重洲ブックセンター本店が2023年3月で閉店。
 同店は1978年にゼネコン大手の鹿島による出店で、国内最大の書店としてオープンしたが、2016年にはトーハンが株式の過半数近くを鹿島から取得し、そのグループ書店化していた。

 これは中村文孝『リブロが本屋であったころ』(「出版人に聞く」4)に詳しいが、1970年代後半は都市型大型店出店の時代であり、75年に西武ブックセンター、それに八重洲ブックセンター、81年に三省堂書店本店、東京堂書店が続いていくことになる。
 しかし西武ブックセンター(リブロ池袋)はすでになく、三省堂本店も閉店したばかりだし、来年は八重洲ブックセンター本店も退場する。本クロニクル171でふれておいたように、4期連続の1億円以上の赤字だったのである。都市型大型店の時代のサイクルが閉じられたと見なせよう。
 それだけではない。本クロニクル157で、トーハンの近藤敏貴社長の、このままいけば、24年にグループ書店法人はすべて赤字になるとの言を引いておいたが、八重洲ブックセンター本店に象徴されているように、24年どころか前倒しになり、22年で限界となったのであろう。出版社にとっては返品ラッシュとなるかもしれない。
 したがって、それはトーハン書店法人のみならず、日販の書店法人にしても同様であり、これから閉店が相次いでいくと推測される。
リブロが本屋であったころ (出版人に聞く 4)
odamitsuo.hatenablog.com
odamitsuo.hatenablog.com



4.東京オリンピック、パラリンピックのスポンサー選定をめぐる汚職事件で、KADOKAWAの芳原世幸元専務、馬庭教二元室長に続いて、角川歴彦会長も逮捕。

 芳原元専務がリクルート出身で、『エイビーロード』や『ゼクシィ』編集長、馬庭元室長が『ザ テレビジョン』『関西ウォーカー』の編集長だったことを知ると、1988年のリクルート事件のことが想起される。
 また『出版状況クロニクルⅣ』で、角川歴彦会長へのインタビューやその著書『クラウド時代と〈クール革命〉』に言及しているが、その帰結が今回の事件だったとすれば、それも『クラウド時代と〈クール革命〉』がもたらしたものということにもなろう。
 いずれにしても、この事件によって露呈したのは、今までは書く側にあった出版社が書かれる側へと転位してしまった事実であり、それはこれからも続いていくだろう。
 いやそればかりでなく、1970年代後半の角川商法の帰結であるかもしれない。
 この事件に関しては、『選択』(9月号)の連載企業研究の「電通グループ『黒幕・高橋』と五輪汚職の根源」を合わせ読むべきことを付記しておく。

ゼクシィ首都圏 2022年 11月号 【特別付録】ミッフィー鍋つかみ&鍋敷き2点SET  ザテレビジョン 首都圏関東版 2022年9/2号  関西ウォーカー2022秋 ウォーカームック  クラウド時代と<クール革命> (角川oneテーマ21)

www.sentaku.co.jp



5.集英社の決算は売上高1951億9400万円、前年比2.9%減、当期純利益は268億4500万円、同41.3%減の減収減益。
 売上高内訳は雑誌506億5400万円、同38.0%減、書籍120億円、同32.6%減、広告86億円、同9.2%増、事業収入1261億5700万円、同34.7%増。
 雑誌部門の雑誌売上は165億9600万円、同17.0%減、コミックスは340億5800万円、同44.8%減。
 事業収入のうちのデジタル売上は602億4100万円、同31.4%増。版権収入476億2700万円、同29.7%増。物販等182億8900万円、同52.2%増。事業収入の売上構成比は64.6%となる。

 本クロニクル167で講談社、同169でKADOKAWA、同170で小学館の決算を既述しておいたが、集英社の場合、減収減益ながら、事業収入が売上の64.6%を占めるというデジタル、版権、物販に特化した色彩が強くなってきている。
 それは今後も続いていくし、雑誌、コミック出版社として、町の書店とともにあった、かつての集英社の面影はドラスチックに後退していくだろう。それは、小学館、講談社、KADOKAWAも同様であろう。



6.光文社の決算は売上高170億2700万円、前年比1.0%増で、6期ぶりに増収だったが、経常損失は16億3200万円、当期純損失は12億400万円。
 売上高内訳は製品(紙版)売上76億7600万円、同9.2%減、広告収入41億6900万円、同15.4%増、事業収入45億8700万円、同9.2%増。

 光文社にしても、広告収入はデジタル広告増、事業収入は自社ECサイトでの写真集売上、デジタル雑誌書籍売上、版権ビジネスによるもので、紙の雑誌、書籍は苦戦が続いている。
 かろうじて6年ぶりの増収ではあるけれど、来期はどうなるであろうか。
 その中でも「古典新訳文庫」は好調と伝えられているので、安堵するが、季刊誌『HERS』は10月発売の秋号で、不定期刊行になる。
 私たちの世代は1960年代の松本清張を始めとするカッパ・ノベルスとともに成長したので、光文社といえばカッパ・ノベルスのイメージが強かったが、それももはや半世紀前のことになってしまったと痛感してしまう。
 まさにカッパ・ノベルスとは高度成長期をも象徴するものであったし、私もかつて「高度成長期と社会派ミステリ」(『文庫、新書の海を泳ぐ』所収、編書房)を書いている。

HERS(ハーズ)2022年8月号 点と線―長編推理小説 (カッパ・ノベルス (11-4))  文庫、新書の海を泳ぐ―ペーパーバック・クロール



7.『朝日新聞』(8/18)の「朝日歌壇」の高野公彦選として、下記の三首が並んでいた。

  ずっとここに居ていいんだよというような 平日の昼ジュンク堂書店
                          (東京都) 金 美里
  学生時「風土」買いたる古書店が 京の街から消えるとの報
                          (亀岡市) 俣野 右内
  かさばれる古書のリュックを抱えつつ 時忘れけり岩波ホール
                          (我孫子市)松村 幸一


 のカッパノベルス読み始めの頃の商店街の書店と古本屋のことを思い出し、たまたまこれらの短歌も見出しているので、ここに挙げてみた。
 1960年代の商店街の書店は「ずっとここに居ていいんだよ」とはいえないほど小さかったけれど、いつも土日には人があふれるようにいて、出版業界も紛れもなく高度成長期だったことを確認させてくれる。
 それは古本屋も同様で、そのような時代もあったことを想起してしまう。
 しかし当然のことながら、そうした商店街の書店も古本屋もなくなってしまい、もはやそれらも街の記憶から失われていくだろう。後者に関しては「浜松の泰光堂書店の閉店」(『古本屋散策』所収)を書いているので、読んで頂ければ幸いである。
古本屋散策



8.中央社の決算は売上高208億4850万円、前年比7.6%減、営業利益は3億5690万円、同8.5%減、当期純利益は9230万円、同16.1%増。
 売上高内訳は雑誌121億5300万円、同9.4%減、書籍71億5630万円、同3.9%減、特品等13億710万円、同13.6%減。返品率は総合で27.9%。

 の『日経MJ』の卸売業調査に中央社は出ていなかったので、ここで決算状況を引いてみた。
 『出版状況クロニクルⅣ』で中央社はコミックに特化して、その業績を確保し、2010年代には増収増益、低返品率であったことを既述しておいた。
 しかしその中央社にしても、雑誌の凋落と電子コミックの影響を受けているはずで、その只中での決算ということになるし、30%を割る低返品率によって、赤字に陥っていないと判断できよう。
 そういえば、中央社とコラボレーションし、書泉や芳林堂もM&Aしてきたアニメイトの情報が伝わってこないが、タイバンコク店も含め、どうなっているのだろうか。



9.ノセ事務所から2021年の「出版広告調査」レポートが届いた。

 これは朝日、読売、日経3紙の「「全五段」「半五段」「三八つ」「三六つ」に加え、「一頁広告」も含めた出版社別出広調査で、『本の世界に生きて50年』(「出版人に聞く」5)の能勢仁ならではの調査報告である。累計1441社に及ぶために具体的にデータは示さないが、それは了承されたい。
 それによれば、21年は東京オリンピックと衆議院議員選挙もあって、その影響が出たのではなかと危惧していたが、例年と変わらない出広状態だったとされる。
 私の持論ではチラシを打てない書店に代わって、出版社が新聞広告を出すことで集客を試みていることになる。
 しかし近年は信じられないほど出版広告費が安くなっているにもかかわらず、出広が少なくなっているとも伝わってくるし、地方紙まで含んだ場合はやはり減少しているのではないだろうか。
 それは22年に顕著になってきたようにも思われる。そのことは来年の「出版広告調査」で確かめることにしよう。
本の世界に生きて五十年―出版人に聞く〈5〉 (出版人に聞く 5)



10.『選択』(9月号)の「社会・文化情報カプセル」において、「岩波書店の看板雑誌『世界』で騒動/前編集長が『居座る』異常事態」がレポートされている。

 『世界』に関しては本クロニクル168、171でふれ、岩波書店の内紛は同166、また坂本政謙新社長へのインタビューについても、本クロニクル162で紹介している。
 この『選択』レポートによれば、坂本新社長は『世界』編集部内の状況から、4月に編集長交代人事を発表したが、編集長は「引き継ぎ」と称して、夏になっても居座り、「新編集長が『編集部付』のような形で仕事をするという前代未聞の状態』になっているという。
 社内の人事をめぐる権力争いとも伝えられ、10月には交代するとされているが、果たしてどうなるのか。
 4のKADOKAWA汚職事件をターニングポイントとして、出版社が書かれる側に転位していくのではないかと述べておいたが、それは同じく今後も続いていくだろう。
 なお同じく『選択』の「経済情報カプセル」にはアマゾンが生鮮食品などの販売強化をめざして、業務提携しているライフコーポレーションを買収するのではないかとの観測も出されている。
世界 2022年10月号



11.リトルマガジン『飢餓陣営』(55、2022夏号)が特集「核戦争の手前で―2022ロシア-ウクライナ」を組み、笠井潔に「世界内戦としてのロシア-ウクライナ戦争」と題するロングインタビューをしている。

 笠井は「今回のウクライナ戦争でポスト世界国家化の時代は新しい局面に入ったのではないか」との視座から語っているのだが、示唆に富み、傾聴すべきインタビューだと思われる。
 これを読みながら、ここにも名前が出てくる船戸与一の難民に関してのインタビュー「国境線上の第四世界」(『現代思想』1993・8掲載)を想起してしまった。船戸はその延長線上にルポタージュ『国家と犯罪』(小学館、1997年)を書くに至る。
 笠井にしても船戸にしても、現役の実作者ならではの世界歴史観によるもので、啓発されることが多いし、笠井のインタビューは『飢餓陣営』の読者にしか知られていないであろうし、他のものと合わせ、単行本化が望まれる。

現代思想 1993年8月号 特集=浮遊する国家 外国人問題の視点から<対談●外国人問題とは何か>上野千鶴子/鄭暎恵 国家と犯罪(小学館文庫)  
77566194.at.webry.info



12.『日本古書通信』(9月号)の「昨日も今日も古本さんぽ」143のイントロで、岡崎武志が『サンデー毎日』の書評事情について語っている。それを要約してみる。
 彼の『サンデー毎日』の書評ページとの付き合いは長く、1993、4年頃からレギュラーページを受け持ち、リニューアル、担当者の交代はあっても、連載ページが途切れることがなかった。見開き2ページを独占していた時期もあり、他の特集や企画記事にも関わり、家のローンの完済もそのおかげであった。
 ところが部数低迷により、『週刊ポスト』『週刊現代』と同じく、『サンデー毎日』も5月から月4発行が月3となり、原稿料も4分の3になっていた。それに加えて、10月からの誌面刷新で、書評ページは6ページから2ページになり、彼のページもなくなると告げられ、原稿料も一挙にゼロになってしまったのである。

 週刊誌の書評の歴史は実際に『サンデー毎日』の書評にも携わっていた井家上隆幸『三一新書の時代』(「出版人に聞く」16)においても、たどられている。
 それは1969年の『週刊ポスト』創刊に伴う新たな書評への重視で、その影響は各週刊誌へも反映され、『サンデー毎日』も井家上たちによる特色のある書評時代があり、それを岡崎は引き継いできたことになる。
 だがそうした時代も終わったのだというしかない。
三一新書の時代 (出版人に聞く)



13.中村文孝との対談『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』は刊行されて1ヵ月以上が経った。
 読者から便りがあり、図書館関係者は揃って沈黙を守るしかないだろうと書かれていた。つまり図書館関係者にとって、タブー本とされたことになろう。
 それは出版業界紙(誌)、新聞も同様だ。あたかも緘口令が敷かれたかのようだ。
 ここで提起されている公共図書館状況は、現在の書店と出版業界の問題へとそのまま重なるものであり、どうして出版社や書店からの発信もなされないのだろうか。
 いち早く鹿島茂だけが『週刊文春』(9/8)で1ページ書評してくれたが、その後はまったく続かず、SNSでの言及すらもほとんどなされていない。
 それだけでなく、2で既述しておいた図書館の異変は何によるのか、それも追求されなければならない。
 中村の「日本の古本屋」メールマガジンでの発信「『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』を読むにあたって」も参照されたい。
 なお月末になって、共同通信の配信記事「BOOK交差点」でも紹介された。
  
ronso.co.jp
www.kosho.or.jp
14.『だれが「本「」を殺すのか』の佐野眞一が亡くなった。

 佐野とは座談会を共にしたこと、及び彼にも言及しているので、病床にあったことを知らずに『私たちが図書館について知っている二、三の事柄』を献本しておいた。読んでくれただろうか。
 また学生時代に脚本家志望だった佐野にちなんでいえば、同タイトルはゴダールの映画からとられているが、彼も9月の死が伝えられたばかりだ。

だれが「本」を殺すのか〈上〉 (新潮文庫)



15.論創社HP「本を読む」〈80〉は「山田双葉『シュガー・バー』と山田詠美」です。


ronso.co.jp