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ブルーコミックス論40 平本アキラ『俺と悪魔のブルーズ』(講談社、二〇〇五年)

俺と悪魔のブルーズ1 俺と悪魔のブルーズ2 俺と悪魔のブルーズ3 俺と悪魔のブルーズ4


ミシェル・パストゥローは『青の歴史』(松村恵理、松村剛訳、筑摩書房)において、色の歴史とはすべて社会史であり、その中でも青は歴史的問題を内包していると述べている。そして古代から近代に至る青の意味の変容をたどり、十八世紀末になってヨーロッパ全土にロマン主義的なメランコリックで、夢幻的な青が誕生したと語り、次のように書いている。

青の歴史

 とりわけドイツロマン派の青は、アフロ・アメリカ起源の音楽形式であるブルース(blues)と結びつけるべきであろう。ブルースはおそらく一八七〇年代に庶民階級で生れ、メランコリックな気分を表現する四拍子のゆっくりしたリズムが特徴である。この米語ブルース[原音は「ブルーズ」]は多くの言語にそのまま入ったが、ブルー・デヴィルズ(blue devils 青い悪魔)の縮約に由来し、この連辞はメランコリー、ノスタルジー、気鬱を意味する。つまりフランス語では他の色でidées noires[黒い考え、憂鬱]と形容されるものである。これは英語のto be blue[「憂鬱になる」]やin the blues[「憂鬱である」]という表現に呼応しており、これらの表現はドイツ語alles schwarz sehen[すべてを黒く見る、「悲観的に考える」]、イタリア語のvedere tutto nero[同上]、フランス語のbroyer du noir[黒くすりつぶす、「気をふさぐ」]と等価である。

このパストゥローの「ブルース」、それこそまさに「ブルー・デヴィルズ」の言及にそのまま重なるかのような作品が、平本アキラのは『俺と悪魔のブルーズ』なのである。これは前回の『羣青』と異なり、いつになったら完結するのかが不明で、〇七年に第4巻が出て以来、続刊が刊行されず、中断してしまっている感が強い。だから完結を待たずして取り上げてみる。その第1巻には「ブルー・デヴィルズ」を彷彿させる藍錆色の表紙カバーに、物思いに沈んでいるような「アフロ・アメリカ」人の顔が描かれ、その天地と小口も青で染められている。そして見返しに第1巻から4巻に共通するキャッチコピーが掲載され、それは次のようなものである。

 70年近くもの昔、わずか29曲のブルーズを録音(レコーディング)しただけで、世を去った男(ブルーズマン)がいた。
その後、数十年を経て、奴の名は伝説となり、残された楽曲(ブルーズ)は、あらゆる大衆音楽(ポップ・ミュージック)の源泉(ルーツ)となる。その男を知る者は皆、奴のことを、こう噂した……
“悪魔に魂を売った男”と!

そして「hoodoo(フードゥー)」という疫病神を意味するタイトルのイントロダクションがまず描かれ、「アダムとイブが楽園を追放された時/オレは生まれた」と述べられ、二人の追放、その後の子孫たちとの新大陸への奴隷としての移住と苦難が語られる。そうした苦難の中で生まれ、育てられ、彼らを慰めたり、堕落させたのが「オレ」で、その名を「ブルーズ」だという。続いて「ある夜道でオレは一人の男と会った」と記され、その下に青い月の光を受けた深夜の十字路(クロスロード)で、ギターを抱えている男の姿が浮かび上がり、物語の在り処を直接的に示しているかのようである。

かくして第1章と見なしていい「Cross Road Blues(迷い児の十字路)」が始まっていく。その最初の一ページも青の色彩に包まれ、次の見開き二ページで主人公の「RJ」が夢の中で見ているシーンがフランシス・ベーコンの描く肖像画のように大きく提出され、その悪魔的な人物が「オレだよ……迎えに来たぜ」と言葉を発している。この場面は「オレ」が「ブルーズ」であると同時に「悪魔」だとも告げているのだろう。場所と時代は、アメリカ合衆国ミシシッピ州・ロビンソンヴィル・クライン農園(プランテーション)、1929年冬。

「RJ」は農園の労働者で、妊娠中の妻がいる。ある土曜の夜、友人に誘われ、生まれてくる子供の子守唄を練習すると称し、黒人の社交場で、居酒屋とライブハウスを兼ねたジューク・ジョイントに出かける。彼らは「土曜の晩に酒場(ジューク)で憂さを晴らし……日曜日教会で全ての罪を洗い流してもらう……そして月火水木金 日常(ブルーズ)が始まる……」生活を送っていたのだ。

しかし「RJ」のギター演奏は笑いものにされるほどひどかった。そのこともあって彼は「クロスロード伝説」を聞かされる。それは真夜中の十字路にギターを持って一人で立ち、一曲演奏する。すると悪魔が後ろに立ち、男のギターを調律し、一曲弾いて返すと、彼のギターテクニックは驚くほど上達するが、魂は悪魔に奪われてしまうというものだった。ほどなく「RJ」も同じ体験に出会うことになる。そして「RJ」の身に何が起きたのかが、他ならぬ『俺と悪魔のブルーズ』のその後の物語へと結びつき、1930年代初頭のアメリカ南、中部の実態が、まさにその時代を描いた映画『俺たちに明日はない』と重なるように展開されていく。

俺たちに明日はない

最初の「Cross Road Blues(迷い児の十字路)」にしかふれられなかったが、この平本の作品はブルーズに託されてアメリカの1930年代南、中部状況を深く抉っているように思われ、また物語も佳境に入りつつあっただけに、その中断が本当に惜しまれる。

同じく第1巻の「永井“ホトケ”隆」を始めとし、続く音楽関係者たちの解説によれば、「RJ」とは伝説的ブルーズマンであるロバート・ジョンソンをモデルとし、そのタイトルも彼の曲 “Me And The Devil Blues”からとられているという。ジョンソンは、前述の見返しのキャッチコピーにあったような人物で、ボブ・ディランから「20世紀最大の詩人」と呼ばれ、写真も二枚しかないミステリアスな人生で、しかも27歳で毒殺されたと伝えられている。私はこの文章を書きながら、ドアーズのジム・モリソンの歌う「月光のドライヴ」(『まぼろしの世界』収録)のメロディと詩を思い浮かべた。
まぼろしの世界

そういえば、音楽用語でブルーノートブルーグラスという言葉もある。それはアメリカの音楽が様々なブルーの意味に包まれていることを表しているように思われる。


次回へ続く。

◆過去の「ブルーコミックス論」の記事
「ブルーコミックス論」39 中村珍『羣青』(小学館、二〇一〇、一一、一二年)
「ブルーコミックス論」38 山田たけひこ『マイ・スウィーテスト・タブー ―蒼の時代』(小学館、二〇〇六年)
「ブルーコミックス論」37 山岸良子『甕のぞきの色』(潮出版社、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」36 金子節子『青の群像』(秋田書店、一九九九年)
「ブルーコミックス論」35 原作李學仁・漫画王欣太『蒼天航路』(講談社、一九九五年)
「ブルーコミックス論」34 原作江戸川啓視、漫画石渡洋司『青侠ブルーフッド』(集英社、二〇〇五年)
「ブルーコミックス論」33 原作江戸川啓視、作画クォン・カヤ『プルンギル―青の道―』(新潮社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」32 高橋ツトム『ブルー・へヴン』(集英社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」31 タカ 『ブルーカラー・ブルース』(宙出版、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」30 立原あゆみ『青の群れ』(白泉社、一九九六年)
「ブルーコミックス論」29 高田裕三『碧奇魂 ブルーシード』(新装版講談社、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」28 秋里和国『青のメソポタミア』(白泉社、一九八八年)
「ブルーコミックス論」27 やまむらはじめ『蒼のサンクトゥス』(集英社、二〇〇四年)
「ブルーコミックス論」26 原作・高山 路爛、漫画・やまだ哲太『青ひげは行く』(集英社、一九九九年)
「ブルーコミックス論」25 柳沢きみお『青き炎』(小学館、一九八九年)
「ブルーコミックス論」24 島本和彦『アオイホノオ』(小学館、二〇〇八年)
「ブルーコミックス論」23 石川サブロウ『蒼き炎』(集英社、一九九〇年)
「ブルーコミックス論」22 志村貴子『青い花』(太田出版、二〇〇六年)
「ブルーコミックス論」21 羽生生純『青(オールー)』(エンターブレイン、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」20 入江亜季『群青学舎』(エンターブレイン、二〇〇四年)
「ブルーコミックス論」19 さそうあきら『さよなら群青』(新潮社、二〇〇九年)
「ブルーコミックス論」18 篠原千絵『蒼の封印』(小学館、一九九二年)
「ブルーコミックス論」17 木内一雅作・八坂考訓画『青龍(ブルードラゴン)』(講談社、一九九六年)
「ブルーコミックス論」16 松本充代『青のマーブル』(青林堂、一九八八年)
「ブルーコミックス論」15 やまじえびね×姫野カオルコ『青痣』(扶桑社、二〇〇九年)
「ブルーコミックス論」14 やまじえびね『インディゴ・ブルー』(祥伝社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」13 よしもとよしとも『青い車』(イースト・プレス、一九九六年)
「ブルーコミックス論」12 松本大洋『青い春』(小学館、一九九三年、九九年)
「ブルーコミックス論」11 鳩山郁子『青い菊』(青林工藝社、一九九八年)
「ブルーコミックス論」10 魚喃キリコ『blue』(マガジンハウス、一九九七年)
「ブルーコミックス論」9 山本直樹『BLUE』(弓立社、一九九二年)
「ブルーコミックス論」8 山岸涼子『青青の時代』(潮出版社、一九九九年)
「ブルーコミックス論」7 白山宣之、山本おさむ『麦青』(双葉社、一九八六年))
「ブルーコミックス論」6 狩撫麻礼作、谷口ジロー画『青の戦士』(双葉社、一九八二年)
「ブルーコミックス論」5 安西水丸『青の時代』(青林堂、一九八〇年)
「ブルーコミックス論」4 佐藤まさあき『蒼き狼の咆哮』(青林堂、一九七三年)
「ブルーコミックス論」3 川本コオ『ブルーセックス』(青林堂、一九七三年)
「ブルーコミックス論」2 序 2
「ブルーコミックス論」1 序 1