出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

2010-01-01から1年間の記事一覧

「プログラムノベルス」と「プログラムピクチャー」

八〇年代に創刊された「プログラムノベルス」が多くの作家たちを生み出したことを既述したが、大沢在昌はまさにその典型であろう。彼の長編第一作『標的走路』 は八〇年に双葉社ノベルス、第二作『ダブル・トラップ』 は八一年に太陽企画出版のサンノベルス…

古本夜話27 北島春石と倉田啓明

山崎俊夫とホモセクシャル小説、及び慶應義塾と『三田文学』からなる連環で思い出したのだが、山崎と同時代の作家で、同様の文学環境を経て、同じ傾向の小説を書いた人物がいる。その名を倉田啓明という。倉田啓明を知ったのは、桜井書店の桜井均が出版を廃…

志水辰夫『うしろ姿』

〇五年に刊行され、〇八年に文庫化された志水辰夫の短編集『うしろ姿』 (文春文庫)の「あとがき」は、それまで作家たちが自覚しつつあったにしても、当時はほとんど誰も発してこなかった出版状況をめぐる生々しい言葉と感慨が書きこまれていた。それに志水…

古本夜話26 山崎俊夫と『美童』

前回記したように井東憲が『変態作家史』の中で、「大正の変態心理小説」を列挙しているが、その一人である山崎俊夫の作品集をあらためて読んでみた。たまたま昭和六十一年に奢灞都館から刊行された『美童』と題する『山崎俊夫作品集』 上巻を所持していたか…

『国木田独歩の遺志継いだ東京社創業・編集者鷹見久太郎』

昨年末に上記の本を著者の鷹見本雄から恵贈を受けた。同書はタイトルが長いので、以下『鷹見久太郎』と略す。 『鷹見久太郎』が私のところに贈られてきたのは、昨年上梓した『古本探究2』 (論創社)の中に、「出版者としての国木田独歩」を収録したからだ…

古本夜話25 井東憲と『変態作家史』

前回 江戸川乱歩とその文学世界のSM小説的な「秘めたる資質」について、少しばかりふれたが、それに加えて乱歩は岩田準一を同行衆として、男色と少年愛の研究の道に深く入りこんだ文学者であり、そこにこそ乱歩の幅広い世代にわたる、衰えない人気の源泉があ…

出版状況クロニクル22

論創社サイトにて「出版状況クロニクル22(2010年1月26日〜2月25日)」を更新しました。

10 カネコアツシ『SOIL[ソイル]』

消費社会の風景はまったく映し出されていないのだが、郊外のニュータウンそのものを舞台とする不気味な物語がずっと書き続けられている。その物語はいまだに完結しておらず、それがどのようなクロージングを迎えるのか、まったく予断を許さない。それは小説…

古本夜話24 江戸川乱歩の『幽鬼の塔』

ずっとSM小説に関連して書いてきたが、私は残念ながら実践派でも空想派でもないので、須磨利之や濡木痴夢男のようなマニア編集者たち、及び彼らが雑誌に仕掛けた様々な変態シグナルに魅せられた多くの読者たちの心情を深く理解できているとは言い難い。それ…

9 奥田英朗『無理』

郊外消費社会が全国的に出現し始めたのは一九八〇年代だったことを繰り返し書いてきた。だからその歴史はすでに四半世紀の年月を経てきたことになる。それ以前の六〇年代から七〇年代にかけての郊外はまだ開発途上にあり、新しい団地に象徴されるように、高…

古本夜話23 千草忠夫と『不適応者の群れ』

三十年ほど前に古本屋で買った本がある。貼られたラベルを見ると、今はなくなってしまった古本屋で入手したことがわかる。裸本の上下巻で、珠洲九著『不適応者の群れ』、譚奇会刊と表紙に記されていた。四百字詰千枚以上の長編小説と思われ、縛られた裸体の…

浅岡邦雄『〈著者〉の出版史』

浅岡邦雄の『〈著者〉の出版史』 (森話社)が出た。これはサブタイトルに「権利と報酬をめぐる近代」と付されているように、明治の「出版業の世界もいまだに大きな経済的市場となり得ていなかった」時代における「著者と出版者の経済的営為」を論述した手堅…

古本夜話22 団鬼六の『花と蛇』初版

しばらく間があいてしまったが、再び戦後に戻る。藤見郁の『地底の牢獄』が、当時の日活のアクション映画や島田一男などの同じくアクション小説の模倣だと記した。だが北原童夢と早乙女宏美の『「奇譚クラブ」の人々』によれば、藤見=濡木痴夢男はその他に…

8 山田詠美『学問』

ケータイ小説のような「小説」ならぬ「大説」を続けて読んでいると、「テクストの快楽」どころか、それこそ「テクストの苦痛」に襲われてしまい、口直しに「小説」を味わってみたくなる。だからそのつもりで買っておいた山田詠美の『学問』 (新潮社)を読ん…

古本夜話21 翻訳者としての佐々木孝丸

もう一人だけ、梅原北明の出版人脈を紹介しておきたい。それは佐々木孝丸で、佐藤紅霞などと異なり、俳優として私たちにもなじみ深い人物だからでもある。佐々木は昭和二年に文芸資料研究会(奥付発行所は文芸資料研究会編輯部で、発行人は上森健一郎)から…

出版状況クロニクル21

論創社サイトにて「出版状況クロニクル21(2009年12月26日〜2010年1月25日)」を更新しました。

7 ケータイ小説『Deep Love』

「女王」中村うさぎの欲望のみならず、郊外消費社会の成立と不可分の関係にあるケータイ小説も視野に収めておくべきだろう。それは極東の島国の郊外消費社会とケータイテクノロジーが、ミレニアムに出現させた日本でしか成立しない小説形式とベストセラー現…

古本夜話20 クラウス『日本人の性生活』に関するミステリ

フックスの『風俗の歴史』やキントの『女天下』のいずれも、挿絵や図版も含めた完全な邦訳が出版されていなことを既述しておいた。だがあらためて考えてみると、十九世紀末から二十世紀初頭にかけて刊行されたセクソロジー文献は、いまだにほとんど抄訳の状…

6 「女王」中村うさぎ

一九七〇年代半ばに起きた戦後日本の消費社会化に続いて、主要幹線道路沿いにロードサイドビジネスが林立する郊外消費社会が形成され始めたのは八〇年だった。全国的に広がった郊外消費社会の出現は風景、生活、環境、産業構造のすべてをドラスチックに変え…

古本夜話19 佐藤紅霞と『世界性欲学辞典』

梅原北明の出版人脈について、全員に言及したくなる誘惑に駆られてしまうが、それはこの[古本夜話]の連載の目的から外れるので断念するしかないだろう。それでもテーマと本の関係で必要とあれば、召喚するつもりでいる。ここでは何度も名前を挙げたこともあ…

5 中内功の流通革命

〇六年に「中内ダイエーと高度成長の時代」のサブタイトルが付された、佐野眞一編著『戦後戦記』(平凡社)に、「オクターヴ・ムーレと中内㓛」という一文を寄せたことがあった。残念ながら、ムーレの名前が馴染みのないものだったこともあり、それは編集者…

古本夜話18 下位春吉と『全訳デカメロン』

梅原北明の『全訳デカメロン』刊行に際し、ボッカチオ五百五十年祭と出版記念パフォーマンスとしての浅草での仮装パレードを、前回伊藤竹酔の証言を通じて紹介しておいた。そのメンバーの中に一人だけ、梅原の出版人脈と決めつけられない人物がいて、それは…

4 エミール・ゾラ『ボヌール・デ・ダム百貨店』

ジョン・ダワーは『敗北を抱きしめて』の中で、パンパンを始めとする占領下の日本人たちがアメリカに魅せられたのは、その豊かで快適な生活ゆえだと述べていた。それはアメリカ的消費社会を体現しているからだと解釈できよう。占領時の日本は第一次産業就業…

古本夜話17 『竹酔自叙伝』と朝香屋書店

坂本篤は『「国貞」裁判・始末』の中で、当然のことながら、梅原北明の一方の盟友であった伊藤竹酔にふれ、「たいへんな編集者」にして「一つの道を拓いた男」で、「梅原北明がいちばん最初に出したボッカチオの『デカメロン』とか、『ロシア革命史』なんか…

 3 アンドレ・シフレン『理想なき出版』

ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』の原書『Embracing Defeat』は一九九九年にハードカバーとして出版され、翌年にペーパーバック化されている。私が入手したのは後者で、これはニュープレス社発行、ノートン出版社発売となっている。 " src="http://imag…