2010-01-01から1年間の記事一覧
南方熊楠が横山重から「稚児物語草子類」の出版リストを送られ、これに『岩つつじ』と『藻屑物語』を加えてはどうかと岩田準一に手紙を出したことを記したが、『岩つつじ』に関しては岩田が『男色文献書志』に取り上げ、解題を付している。著者の北村季吟は…
小鷹信光によるハメットの最後の新訳『デイン家の呪い』 (ハヤカワ文庫)が〇九年十一月に刊行された。これでハメットの五作の長編の小鷹新訳版が出揃ったことになる。とりわけこの『デイン家の呪い』は「ハヤカワポケットミステリ」に収録されていた村上啓…
『南方熊楠男色談義』 (八坂書房)の中には、思いがけない人物の名前が出てくる。それは昭和十四年六月十九日付の南方から岩田への手紙で、次のように書かれている。 今日十二日出状をもって、東京横山重君より交渉有之(これあり)、氏と巨橋頼三氏と二人の…
前回、大修館書店の『篠沢フランス文学講義』 全五巻を挙げたこともあり、またこの連載はゾラをめぐるものなので、渡辺利雄の『講義アメリカ文学史』 に言及しておいて、篠沢の講義にふれないのは片手落ちということになる。だから一章を設けるしかない。そ…
前回取り上げた田中直樹について、もう少し付け加えておこう。彼には著書が一冊だけあり、それは『モダン・千夜一夜』で、昭和六年にチツプ・トツプ書店から刊行されている。菊半截判、二百ページ弱の小著だが、本文とは別に五十枚余の西洋人女性の乳房もあ…
渡辺利雄の「東京大学英文科講義録」のサブタイトルを付した『講義アメリカ文学史』 全三巻が、研究社から刊行されたのは〇七年だった。これはサブタイトルからくるアカデミックな印象と異なり、作家を中心として、多くの原文引用を示し、明晰な語り口で楽し…
『南方熊楠男色談義』 (八坂書房)の岩田準一の書簡を読んでいて、教えられるのは男色の文献に関してばかりでなく、彼の東京生活が四、五年であったにもかかわらず、いくつかの出版シーンに立ち合い、その後も出版社の内実に絶えずアンテナを張っていたとい…
出版状況クロニクル25(2010年5月1日〜5月31日) 今月の出版業界に関する報道はあきれるほどiPadと電子書籍問題一色に染められ、それはまだ続いていくのだろう。 だが本クロニクル24でも書いておいたように、これらの報道は現在の出版業界の危機の本質を隠蔽…
ハメットの『血の収穫』 は刊行から半世紀を経て、日本において正統的後継者を出現させた。ここでの使用テキストは、旧訳『血の収穫』(田中西二郎訳、創元推理文庫)であるので、再び邦訳名を『血の収穫』 に戻す。 ハメットの『血の収穫』 に関して、一九…
この際だから南方熊楠の『南方随筆』 にも言及しておこう。南方熊楠の著作の出版元年は大正十五年である。大正十五年二月に坂本書店から『南方閑話』、五月と十一月に岡書院から『南方随筆』 と『続南方随筆』 が刊行された。この三冊の刊行を機にして、熊楠…
ゾラの『ジェルミナール』 とハメットの『赤い収穫』 の関連について仮説を述べてきたが、ゾラの「ルーゴン=マッカール叢書」とミステリがダイレクトに結びついた作品が存在する。それは少し時代を隔ててしまうけれど、トレヴェニアンの『夢果つる街』 (北…
十九世紀末から二十世紀初頭にかけての欧米の文化史や文学史をたどっていくと、ホモセクシャルやレスビアンといった同性愛の陰影に気づく。それはおそらく二十世紀になって欧米で共時的に誕生した近代出版社の様々な雑誌や書籍を通じ、かつてない拡がりをも…
ハメットとピンカートン探偵社の関係、それがもたらした彼のハードボイルドの世界への影響について既述してきた。しかしピンカートン探偵社の影響はハメットだけにとどまるものではなく、他のアメリカ文学にも表出し、近代アメリカ史が「私警察」としてのピ…
少しばかり連載テーマからはずれてしまうけれども、前回今東光を取り上げたこともあり、この機会を得て、彼の作品とされている『奥州流血録』にまつわる話を挿入しておきたい。落合茂という戦前からの地味な作家がいて、昭和初年の文学シーンなどを描いた『…
前回はハメットの『赤い収穫』 をピンカートン探偵社の側から見たが、今回は IWW に焦点を当ててみよう。だがその前に『赤い収穫』 で「世界産業労働者組合」と訳されている IWW について、簡略な説明を加えておくべきだろう。 IWW は Industrial Workers of…
大正十四年に今東光を編集長とする『文党』が創刊され、第二号から梅原北明が加わり、その流れがあって『文芸市場』が誕生している。したがって今東光も梅原の出版人脈に数えられることになるのだが、その今も山崎俊夫や倉田啓明と立場や時代は異なるにして…
それならば、ジッドが絶賛するハメットの『血の収穫』 とはどのような物語なのか。もちろんゾラの『ジェルミナール』 以上に周知であるにしても、まずはその物語を示しておこう。これまで『血の収穫』 と書いてきたが、ここでは小鷹信光の新訳を使うので、そ…
出版状況クロニクル24 (2010年3月26日〜4月30日) 今回から本クロニクルが本ブログ【出版・読書メモランダム】に移行するにあたって、月末締め、1日更新とあらため、タイムラグが生じないようにした。 本クロニクルの移行によって、8ヵ月続けてきた【出版・読…
井東憲が『変態作家史』の中で、これもまた「大正の変態心理小説」とよんでいる佐治祐吉の短編集を、神保町の金沢書店で入手した。それは大正十年に宝文社から刊行された『恐ろしい告白』で、七つの作品を収録した短編集である。佐治は山崎俊夫や倉田啓明と…
どのアメリカ文学史でも、スティーヴン・クレイン、フランク・ノリス、シオドア・ドライサー、アプトン・シンクレアたちは、ゾラに代表されるフランス自然主義の影響を受けていると指摘している。ゾラに代表されるフランス自然主義とは、主として「ルーゴン=…
「エロ・グロ・ナンセンス」の時代を出版企画として体現したのは、梅原北明たちのアンダーグラウンド的出版社や武俠社のような小出版社ばかりでなく、すでに著名な出版社となっていた新潮社や平凡社も同様だった。ここでは新潮社と平凡社のそれらの本につい…
「ルーゴン=マッカール叢書」が近代という新しい時代を迎えて、これまでなかった社会インフラの出現によって新しい欲望に目覚めていく物語ではないかと記したが、それと同時に新しい時代のインフラと欲望についての多くの謎を提出している。それらは遺伝、都…
前回記したように、武俠社の『近代犯罪科学全集』と『性科学全集』については手持ちが少ないこともあって、それらの明細と著者を省略するつもりでいた。しかしその後、浜松の時代舎で、双方の美本を十冊ほど入手し、その中には発禁となった『近代犯罪科学全…
「消費社会をめぐって」の連載で、ゾラの『ボヌール・デ・ダム百貨店』を取り上げたが、ここではこの小説を含む連作としての「ルーゴン=マッカール叢書」に言及し、その現代的意味と もたらした波紋について、考えてみたいと思う。既述しておいたように、「…
北島春石や伊藤晴雨の親しい交流人脈には出版者も加わっていて、結城禮一郎や柳沼沢介の名前も出てくる。結城についてはすでに「結城禮一郎の『旧幕新撰組の結城無二三』」(『古本探究3』 所収)でふれ、武俠社の柳沼に関しても、かつて「古本屋散策」(『…
少年時代の読書は小説が中心だったけれども、その主人公やストーリーに引きこまれるだけでなく、物語の展開の中にあって、登場人物たちが言及する別の小説や書物にも必然的に興味を抱かされたものだった。そのような作家のひとりに大藪春彦がいて、以前に彼…
出版状況クロニクル 23 (2010年2月26日〜3月25日) 本クロニクル21で、新潟の老舗書店北光社の閉店を記しておいたが、『朝日新聞』(3月1日)の「朝日歌壇」に山田昭義という人の次のような一首が掲載された。 北光社書店の今日を限りの閉店を惜しみて客はレ…
浅草の硯友社系の二流の小説家北島春石の「春石部屋」に集まっていた人々の中に伊藤晴雨の顔があったことも既述しておいた。春石の家に来客が多かったのは彼の親分肌の鷹揚さもあったが、その夫人も少女時代には剣舞小屋の舞台に立ったりしていたことから、…
講談社ノベルスなどの創刊に始まる新しいプログラムノベルスの流れは多くの注目すべき作家たちを生み出していった。一作だけで消えてしまった作家もいたけれども。それらの人々と作品に関して、言及していくときりがないので、志水辰夫と大沢在昌にとどめて…
前回の「北島春石と倉田啓明」のところで、浅草の「春石部屋」に集まってきた人々の中に、演歌師の元祖添田啞蝉坊がいたことを記しておいたが、その息子の添田知道も「春石部屋」について書いている。それは『演歌師の生活』 (雄山閣)における演歌師の歌集…