『金色夜叉』後編巻末の明治三十三年時点での春陽堂出版広告において、島崎藤村は「詩俳書之部」に分類されていることに気づかされた。そこには『若菜集』『一葉集』『夏草』の三冊が見え、明治三十年代には春陽堂にとって藤村が、尾崎紅葉を始めとする硯友…
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