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【自治会、宗教、地方史】No. 7 第一部 5 老人憩の家、または福祉の下請けとしての自治会

老人憩の家、または福祉の下請けとしての自治会

小田 : ところが今回はそうとばかりいえない。少しばかり踏みこんだ話をしてみたいので、またしてもあなたにお願いした。Aさんは実物を見ていないこともあって、よく説明しなければならない。

 自治会のO寺と老人憩の家の併設というのは文字通りの意味で、O寺の東側の壁を取り除き、増床するかたちで老人憩の家を建て増したことを意味している。

    

A: それらはどのくらいの大きさなのかな。

小田 : O寺のほうは22坪、老人憩の家は 30 坪弱じゃないかな。後者は登記されていないので、正確な坪数は不明だ。この併設は市の自治会担当の課も実態を把握しておらず、私が自治会長になってからようやく認識したと見なしていい。

 今まで「老人憩の家」は、各種事典類にもその言葉は見出されなかった。ところが今回、何とウィキペディアには立項されていることに気づいた。そこには「市町村の地域において、老人に対し、教養の向上、レクリエーション等のための場を与え、もって老人の心身の健康の増進を図ることを目的とする施設」と定義されている。
 
A: 先の厚生省社会局長の「通知」に基づく「高齢者福祉の施設」の定義で、今になって気づいたんだけど、昭和50年代に全国的ブームとなったゲートボールも老人憩の家の建設と絡んでいるんじゃないかな。

小田 : そうだったね。私も『〈郊外〉の誕生と死』の「序」の「村から郊外へ」で、その時代に「老人たちはゲートボールをするようになった」と書いていた。すっかり失念していたし、そのゲートボールブームも、それを仕切っていた協会の内紛によって下火となり、現在ではグランドゴルフと呼ばれるものに代わってしまった。

〈郊外〉の誕生と死

A: あなたのいう戦後史との絡みでいえば、戦災復興と貧困への対応が何よりも重要だったので、社会福祉は重要な課題だったし、続けて法制度が整備されている。それを挙げてみます。

昭和21年 生活保護法(同25年に現行生活保護法に改正)
昭和22年 児童福祉法
昭和23年 民生委員法
昭和24年 身体障害者福祉法
昭和26年 社会福祉事業法

 これが第一期で、生活保護法、児童福祉法、身体障害者福祉法が福祉三法とされ、第二期は次のように福祉も拡大されていく。

昭和34年 精神薄弱者福祉法
昭和38年 老人福祉法
昭和39年 母子福祉法

 これで福祉六法の時代に移ったとされる。これらはいずれも現在の自治会活動と無縁ではないし、民生委員は自治会が引き受け、自治会内の福祉関係の窓口となっているといっても過言ではない。

 あなたが自治会内の一人暮らしの90歳の聾唖者を民生委員と相談し、高齢者施設に入ってもらった話をしてくれましたが、その仕事と今挙げた福祉の多くをフォローしていることになる。
 それに老人憩の家にしても、昭和38年の老人福祉法に由来するのは明らかだ。

小田 : 本当だね。老人憩の家はともかく、様々な福祉問題にしても、自治会が現場になっている感が拭えない。

A: 我々の自治会でも老人の孤独死が生じているし、いずれも近隣の自治会員によって発見されていることに象徴的だ。

小田 : 福祉すらも自治会が実質的に下請けになっている。今となってみれば、老人憩の家がそのはしりだったと見なしていいんじゃないかな。