前回の『プルンギル』の原作者江戸川啓視によるもう一編のコミックがある。それは石渡洋司の『青侠ブルーフッド』で、冒頭に次のような注記が置かれている。それはこれから語られる物語、事件、登場人物、対立する組織はすべてフィクションであるという、小説や映画などの常套的な断わりと同様に始まり、続いていく。
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しかし題材となった“青幇”は実在する。これまで映画やマンガに登場したあらゆる青幇は作り手の想像の産物であり、この物語こそ、唯一真実の青幇の歴史、思想、秘密を取材した作品である。
「青幇(チンパン)」という言葉を始めて知ったのは十代の頃で、その頃早川書房から刊行された澁澤龍彦の『秘密結社の手帖』においてだった。そこで澁澤は「青幇」が中国で最も勢力のある労働者中心の秘密結社で、辛亥革命などにも大きな影響を及ぼしたと述べていた。またその他にも「紅幇」といった別の結社のことも書かれていて、中国史もよく知らなかったが、色にまつわる秘密結社のことは記憶に残り、それこそ映画や小説を通じ、長きにわたってその名前を目にしてきたことになる。何度も繰り返し引用される冒頭の断わりも、そうした様々に伝播している事情を伝えているのだろう。
それならば、この『青侠ブルーフッド』の物語とはどのようなものであろうか。まずはそのことから始めよう。新宿の歌舞伎町で、青龍刀による中国人労働者殺人事件が相次いで発生していた。彼らは蛇頭による中国からの密入国者たちだった。その背景には上海、台湾、香港、福建からの新宿にたどりついた流泯たちが、出身地別に分かれて縄張りを持つことで始まった抗争があり、密航ルートの一本化と独占を狙ってのものだった。それは中国大陸の「黒社会」が日本へと進出してきたことを意味し、青龍刀を使う殺し屋を操っているのは上海蛇頭で、キャバレー経営者の路であった。だが抗争の激化は「青の者」=「青幇」同士の殺し合いに至り、頭目の路と殺された密航者の関係も同様であった。その事件と問題を解決するために、台湾から孫という男が派遣されてくる。そして彼は同じ「青の者」として、路を射殺するが、それを面識のあるレンタルビデオ屋の店長鷹野陣に目撃される。彼は中国人殺人事件を担当する新宿署の伝説の片桐刑事の息子だった。
孫は陣に語り出す。私の組織は二千年前からあり、何度も潰されたが、かたちを変えて存続し、その仲間は全世界に五十万人いる。多くは労働にいそしむ「白道(バイダオ)」に生きる人々だ。ただその四分の一は「黒道(ヘイダオ)」に身を置き、そこにマフィア、殺し屋、泥棒なども多く含まれている。私はその「黒道」に属する者で、「白道」に生きる人々を守ることが使命だ。私たちが二千年前から敵対してきた組織が復活し、アジア全域での戦いとなり、恐ろしい実験も計画され、日本も戦場となりつつある。それは惰眠を貪る豊かな国を滅亡させるために、まず外国人を不正に大量に越境させ、無秩序を生み出そうとしているからだ。それを計画しているのは、「将軍」と呼ばれる中国人民解放軍の関係者らしいのだ。
その一方で、物語を横断して中国史が古代から現代まで語られ、孫のいった二千年前から敵対してきた組織の輪郭が次第に明らかになっていく。それは英国からの香港返還をめぐって起きた中国北京政府の思惑と各地の軍部、軍閥の陰謀によるもので、伝説の結社「商(シャン)」と同じく「青幇」の闘いの始まりだった。
孫によれば、「商(シャン)」とは思想にして結社であり、商売の「商」であると同時に中華思想の起源で、それは殷の流れを汲む軍帥の呂(リウ)から秦の始皇帝へと受け継がれた、漢民族のみが富み栄え、人々を支配する力を天から与えられているとするものだった。その「商」に対して、「青幇」は諸子百家の墨子の思想に端を発する墨家を祖とする城守りの機能集団、職人集団であり、始皇帝に弾圧され、地下に潜りながらも、千里の道を隔てた見知らぬ人々とも義気を連ねることができる「義気千秋(ぎきせんしゅう)」という志によって、生き続けてきたのである。
孫と陣はその「義気千秋」によって結ばれ、「商」とその象徴たる将軍に、「青の使命」を果たすべく「青の猟人」「青の矢」として戦いを挑んでいく。そして最後に孫が雲南省の少数民族の出身で、「青の者」一族のゆえに家族を殺され、台湾へと亡命していた事実が明かされる。日本人の陣との結びつきも、「義気千秋」をまさに物語るものだったのだ。
この『青侠ブルーフッド』に見られる「青幇」と墨子の関係から、私は古代中国を舞台にしたコミックを思い出す。それは酒見賢一の同名の小説を原作とした、森秀樹の『墨攻』である。これは『青侠ブルーフッド』でいわれている、城守りの機能集団の墨家の戦術家革離と秦軍との攻防を描いたもので、アンディ・ラウを主演、ジェイコブ・チャンを監督とする、中国、日本、香港、韓国といったアジア合作映画としても公開されている。残念ながら、台湾は加わっていないにしても。
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そこでもう一度森秀樹の『墨攻』を読んでみた。それはこの中に『青侠ブルーフッド』に通じる「青」の色彩が表出しているかと思ったからだが、これも残念なことに、「青」の痕跡は認めることができなかった。それは参考のために読んだ浅野裕一の『墨子』(講談社学術文庫)も同様であった。諸子百家と色彩の関係も、魅力的なテーマと思われるので、追跡をあきらめないことにしよう。