前回に続いて、もう一冊写真集を取り上げてみる。それは都築響一の『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』(アスペクト)で、『〈郊外〉の誕生と死』を上梓した同年の一九九七年に刊行されていたけれども、その特異なテーマもあって、言及することができなかったからだ。
なおこの写真集は二〇〇〇年になって増補され、「東日本編」、「西日本編」」と再編集、二分冊化され、ちくま文庫で復刊の運びとなっている。しかし当然のことながら、アスペクト版はA4変型の大きさであり、増補も含めた文庫版との編集の異同が生じている。したがってテキストは主として、前者に基づき、場合に応じて後者も参照することにしたい。
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この一冊にまとめられた写真は『週刊SPA!』において、四年近くにわたって連載されたものであり、これは八〇年代以後のロードサイドビジネスの隆盛とともに形成され始めた、郊外消費社会の中での異物的風景の集成といえよう。
都築響一は「路傍の真実」と題するその「序文」で、氾濫するテレビ旅行番組のクリシェに対し、まずは一言かましている。
にやけたオッサンと派手な女が田舎道を歩いている。向こうのほうで草むらにかがみ込んでいる作務衣の男一名。女が突然手を振ったかと思うと叫ぶ。「こんにちわ〜 なにやってるんですかぁ」 男は驚きもせず振り返って「いやー 山菜を採って天ぷらにするんですよ。食べにきませんか」とか答えてカメラ目線で笑う。ふざけるんじゃねえよ。いきなり声かけられて、へらへら笑って家に招くほど田舎の人間はお人好しか。
これに温泉、郷土料理、地酒を加えれば、テレビや雑誌の旅行メニューは勢揃いしてしまうし、都築が「ふざけるんじゃねえよ」とかました、そのような旅行メディア状況は現在でもまったく変わっていないといっても過言ではないし、むしろさらにエスカレートしているようにも思える。
そして都築は次のように続けている。彼が語っているような「地方」がどのようにして出現してきたのかは本連載で詳述してきたが、それは九〇年代に入って全国的なものになったことについてのレポートでもある。
旅行ライターの書き散らす「旅情」は、いま急速にリアリティを失いつつある。第一、各駅停車の駅で降りようにも、もう町の中心は駅のまわりにはないのだ。モータリゼーションが極端に発達した地方の現状では、新しい施設や生活圏はすべて国道沿いに発達している。人々は国道沿いのスーパーマーケットで買物したりファミレスで飲み食いし、昔からの駅前商店街はシャッターを降ろしたまま。これが地方の現実である。つまり、いま地方でなにが起こっているかを見たかったら、電車ではなくクルマで旅行しなければならないのだ。(中略)
ここ(本書―引用者注)には日本らしい美しい風景もなければ、外国人観光客を黙らせるワビサビの空間もない。むしろ俗悪、軽薄と罵られてもやむを得ないような、ときには地元の人間でさえ存在を忘れてしまいたいスポットばかりが詰め込まれている。でもスッピンの乱れ顔こそが、いまの日本なのだ。そしてその素顔は、たしかに美人じゃないけれど、見ようによってはちょっと可愛いかったりする。(後略)
かくして都築はそれらの「美しくない日本。品のない日本。」をポジティヴに受け入れることができれば、「人生はずっと楽しくなる」と結び、全国各地のロードサイドをめぐる「珍日本紀行」が始まっていくのである。それは四百二十余ページ、百五十余ヵ所に及び、「美しくない日本。品のない日本。」、でもひょっとすると「居心地のいい日本。」をひたすら追い求める紀行となる。
残念ながら写真を紹介できないので、それらの目次に示された分類明細を挙げておけば、神さま仏さま、モニュメント、廃墟、ローカルスポット、ミニ・ワールド、地獄・極楽、賽の河原と水子供養、エロ宇宙、動物王国、恐竜、剝製、自然科学、考古学、歴史の里、芸能、金と金塊、温泉、仏教テーマパーク、レトロ、メルヘン、アート、貝がらとなっている。前述したように、文庫版には地域別に再編集されたので、この分類による目次と編集は異なってしまい、これはアスペクト版ならではのオリジナルなものといえよう。ここに出現している日本的キッチュの風景は、無国籍風のロードサイドビジネス群に抗しているかのようだ。
このキッチュの帝国に他ならない写真集を繰っていると、様々なデジャビュに襲われる。知られた観光地にはそれらのひとつぐらいが必ずあるし、見たり入ったりしたことを思い出してしまう。そしてかつて石子順造が「日本的庶民の美意識」をテーマとする『俗悪の思想』(大平出版社、一九七一年)を著したことも思い出す。そこで石子はキッチュとしての銭湯のペンキ絵、大衆雑誌の表紙絵と挿絵、マンガと劇画、花や動物や制服、煙草やマッチのラベルなどに言及していた。『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』に収録された写真もそれらと通底している印象がある。
それに先日、私はこれもロードサイドのリサイクル店で、かなり大きいキッチュ的置物を買ったばかりなのだ。それは若草色の服をまとい、赤い帽子をかぶった太鼓腹の大黒が大きな袋と打ち出の小槌を持って俵に腰かけ、これも「開運」の字のある俵と「福」の字の見える大槌の上にそれぞれ乗った二匹の白い猪を左右に従え、慕われているもので、その色彩とシンメトリーの見事なキッチュぶりに魅せられ、つい購入してしまったのである。これだけでなく、それらのリサイクル店では『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』の「神さま仏さま」に類するものが何と多く売られていることであろうか。
現在では一巡し、すでに倒産したチェーンも出てきているが、九〇年代以後にロードサイドにリサイクル店が増殖した時期があった。ここに陳列されている商品は、まったく実用的な家電や家具などを除くと、かなり多くのもの、とりわけ美術品はキッチュに他ならず、それこそグローバリゼーション化したリサイクル市場の一端を示し、それらを見たり購入したりすることは実に楽しいのである。それにこのようなリサイクル店の客の半数が日系ブラジル人で占められ、まさに混住社会そのものだった時期がある。
それはともかく、都築は「後記」で同書が「おそらく日本でいちばん役に立たない、一番高くて重いガイドブック」で、買う読者は「奇怪な人」であろうと述べているが、私を含め、読者層は確実に存在しているし、それは文庫化され、重版されていることが証明となろう。それに同書がきっかけとなって廃墟、工場、赤線跡、パワー・スポットなどの写真集が続くことにもなったのではないだろうか。またそれとは別に青空を背景にして、河原のようなところに大型バスが止まっている風景は、本連載31の映画『ユリイカ』の場面とも重なってくる。
この写真集を見ていると、その中にふたつほど加えたい風景も浮かんでくる。そのひとつは郊外の住宅地の風景で、その一画は和風住宅がひとつもなく、洋風住宅ばかりが並んでいて、そこは日本ではなく、まさしく異国のようなのだ。といってその洋風住宅も統一されておらず、ちぐはぐでさらなる無国籍性を浮かび上がらせている。もうひとつは近隣にある国道沿いのパチンコ店で、それはピラミッドを模したものであり、高い三角形の外壁は赤く塗られている。しかもこのパチンコ店は数年前に閉店し、そのまま放置されているので、打ち捨てられ老朽化したピラミッドのようだ。その前を通るたびに廃墟の面影が濃くなってきている。それはまた八〇年代に形成された郊外消費社会の姿を象徴しているようにも思える。
さて私的事柄はともかく、『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』に戻ると、先にはふれなかったが、「路傍の真実」のところで、都築が本書について、『TOKYO STYLE』(京都書院、九三年)の第二部だと断わっていることに留意すべきだろう。『TOKYO STYLE』は都市の個人の「狭く雑然とした東京の『かっこわるいけど気持ちいい』住まいかたを紹介しようとした」本である。つまり同書は都市の内側というべき個人の部屋の風景、『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』は都市の外側のロードサイドの風景を映し出し、郊外のロードサイドビジネスも含めた画一性、均一性を異化する仕掛けを秘めていることになる。
このふたつの風景はいずれも九〇年代のものに他ならず、地続きでつながっているのである。その意味において、都築の二冊の写真集は合わせ鏡のような関係にあり、前回取り上げた『ランドスケープ』の小林のりおと Suburbia のビル・オウエンズの双方を兼ねた世界を映し出していたのかもしれない。
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それをさらに確認するためにも、文庫版しか持っていないので、九三年のオリジナル版、『TOKYO STYLE』を入手しなければならないだろう。
なお本稿を書いた後で、二〇〇一年にアスペクトからソフトカバー新装版が出されていることを知った。