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【自治会、宗教、地方史】No. 47 第二部20 ロマン主義的想像力のある偽史/個人の欲と箔付けのための偽史

ロマン主義的想像力のある偽史/個人の欲と箔付けのための偽史

小田 : 確かにそうだ。『東日流外三郡誌』(つがるそとさんぐんし)のことで思い出されるのは奥野健男が刮目していて、新たな東北史の発見だと述べていたのを覚えている。彼は太宰治論でデビューしたこともあって、そこから太宰を再考できるのではないかと思ったんだろうね。

東日流外三郡誌 古代篇 上

A : それは奥野だけじゃなくて、多くの人たちが『東日流外三郡誌』に注目したはずだよ。何せそれに関連する書籍だけでも130種以上が出されたと伝えられているほどで、全国各地で、規模は異なるにしても、多くの偽書のエピソードが語られるようになったと推定される。

小田 : でもそれらは偽書にしても、それなりにスケールも大きく、ロマン主義的想像力をかき立てる物語として提出されていることは否定できないし、それなりに楽しませてくれるのも事実だ。

 でも私のところの薬師如来の一件はそれらと時代的に共通するといっても、歴史的ストーリーも組立てておらず、明らかな偽仏であるので、おもしろくも何ともない。それこそ即物的=即仏的な個人の欲と箔付けのためであることは明白だしね。

A : それこそ薬師如来は俗物=俗仏的象徴ということになる。

 だが考えてみれば、あなたのところの自治会の例ではないけれど、全国至るところでこのような偽史めいた出来事は起こっていたんじゃないのかな。市と教育員会と歴史的思惑がクロスすれば、簡単に偽史、偽仏はでっち上げられてしまうことを教えられる。地方史や郷土史自体が歴史の神クリオに対して誠実ではありえないこともね。

小田 : そうした事実関係を痛烈に認識したこともあった、文化財指定した教育員会にそれらの説明責任を求めるべきだと考えた。それで情報公開によって、文化財指定に至る経緯と事情を確認した上で、石田茂作の調査文書、薬師如来像の大きさの真実などに関する質問を提出した。

A : それは言うまでもないけれど、あなたがこれまで話してきた事実をふまえてのことで、まともな答えが返ってくるとは思われない。

小田 : それはそのとおりで、以下がその回答だった。

 調査文書はないけれど、石田が市内各所の文化財の視察や鑑定を行なっていたのは確実だ。『文化財ガイド』において、薬師如来の大きさは指定時の四尺三寸と異なっているが、平成15年の調査では162㎝、仏像のみ124㎝となっている。ただ市の記録類は正確なサイズの記録ではないので、実測確認するしかない。文化財保護審議委員の確認も得ているので、指定文化財としての価値は確認されている。

A : これでは回答になっていない。あなたが疑義を呈している『市誌』の部分や石田の『遠江国分寺の研究』すらも読んでいないことがただちにわかるし、教育委員会のリテラシーすらも疑わせるものだ。

 それに実測確認するしかないといっておきながら、実測することや日付を約束していないし、実に形式的に返答書を出しただけに過ぎないという印象を与えるし、実施にそれで済ませられると思っていたんじゃないのかな。

小田 : そうだと思う。市民から文化財指定に疑義があると問われたことはこれまでなかっただろうし、対応に途惑ったことも想像できる。
  この文化財課の人たちは発掘調査担当者のようだったので、網野善彦が主体となった講談社の『日本の歴史』における発掘のゴッドハンド事件のことも話し、歴史における捏造や虚偽にもふれ、出版物と内容に関しても、歴史事実の重要性も伝えておいた。

縄文の生活誌 日本の歴史01 (講談社学術文庫 1901 日本の歴史 1)

 そのことに加え、弁護士にも最初にいっておいたのだが、この一件は社会的問題として扱うとも通告しておいたし、発行文書も市からの正式の返答と見なすと、これもあらかじめ伝えておいたのである。

A : そうか、あなたは講談社の『日本の歴史』のための書店販売促進キャンペーンで、網野と一緒に講演したことがあったね。それでゴッドハンド事件は他人事ではないし、あの事件が遠因で、編集者の鷲尾賢也、歌人の小高賢は辞めることになったのかもしれないし。

小田 : それで思い出したのだが、当時『見付次第/共古日録抄』を編集中だったので、その場で網野さんにも献本することを約束したんだ。網野夫人が山中共古の山梨での教会の信者であったから。

 

A : それに網野は中沢新一の叔父さんにも当たっていたから、メソジスト教会をめぐって北方史も連鎖していく。
 薬師如来をめぐる偽史よりも興味深いし、後に中沢も『精霊の王』(講談社)で『石神問答』論を書いているしね。

精霊の王

小田 : そのことはともかく、またしても『見付次第/共古日録抄』だが、教育委員会の対応が芳しくないので、この編者の一人に口添えを頼んだ。公務員の世界ではその人の肩書とポジションがものをいうことを知っていたからね。

A : おやおや、またしても人物再現法ということになるね。

編者からの言葉
小田光雄が遺した手書き原稿はここで終わっています。次回は、老人憩の家の建て替えをめぐる顛末を報告し、本ブログの最終回となる次々回では、編者の視点から、未完に終わった『自治会、宗教、地方史』を振り返ります。