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古本夜話 番外編その五の8 太陽堂書店『これからの室内装飾』

 浜松の時代舎で、森谷延雄『これからの室内装飾』を購入した。それは厚さが五センチ近いのだが、疲れ気味で、著者名もタイトルも定かに読めないので、時代舎による帯がまかれていた。そこに「建築書の歴史的名著」、大正十六年(ママ)初版、古書価五千円と記されていた。版元は神田区南神保町の太陽堂書店、発行者は照井健伍とあり、日本電建株式会社出版部ではないけれど、初めて目にするものであり、建築実用書の出版は著者や人脈も含め、知らずにいた人間関係が絡んでいるように思われた。それは戦前に求龍堂などに在籍していた山本夏彦が、戦後にやはり建築実用書の工作社を設立し、雑誌の『室内』も創刊していくのだが、実用書だけでなく、そうした出版人脈と交差しているのではないだろうか。

(『これからの室内装飾』)

 それでは著者も版元も初見なのにどうして古書価も高い『これからの室内装飾』を買い求めたのかということになるのだが、実は少し前に L’EPOQUE ET SON STYLE-la décoration intérieure 1620-1920,(PETER THORNTON , Flammarion,1980)を入手したばかりだったからだ。英語の原書の仏訳だが、それを直訳すれば、『時代とその様式、室内装飾の一六二〇~一九二〇年』となり、こちらは神田の古本屋で購入している。これは五三八の図版と絵画と写真でたどられた三世紀にわたる室内装飾史に他ならない。つまり期せずして、ほぼ時を同じくして、日本、イギリス、フランスの室内装飾の書に出会ったことになり、日本版も買うしかなかったのである。

L'époque et son style

 ところで『これからの室内装飾』のほうだが、四六判上製七一八ページ、別刷写真は六〇ページ、それ以外にも本文に付属する図版と写真は多くに及び、先の洋書と判型と時代幅は異なるにしても、共通するビジュアルな編集であるといっていい。その「はしがき」は「室内装飾に就ての言葉」と題され、「室内装飾と申しますと、何か特別な仕事をして室内を立派に飾り立てるものゝやうに考へ、非常に贅沢な意味に取られておるやうだが、私はこれを『心地よく室内を整備する』と云う意味」だと始めている。またそれは「立派(リッチネス)」というより「気持ちの良い(カンフォアータブル)」を主眼とすると。それに「美」が唱えられ、その中には流行、調和、趣味、私用、経済も含まれるのだが、そこには必然的に「思想の動き」と「社会問題」の探究も伴っている。

 まだ続いていくのだが、私見によれば、関東大震災後の郊外における所謂文化住宅の誕生に際しての室内装飾の近代化に関して、玄関、広間と階段室、応接室と客室、居間、食堂、寝室、台所、浴室と便所、子供室に至るまで詳細に論じた一冊ということになる。それならば、この著者のプロフィルが望まれるが、幸いにして『[現代日本]朝日人物事典』に見出される。

 森谷延雄 もりや・のぶお 1893・10・28~1927・4・5 デザイナー。1915(大4)年東京高等工業学校(現東工大)卒。20年イギリスの王立美術大学に学ぶ。23年東京高等工芸学校(現・千葉大)教授。25年の国民美術展に「ねむり姫の寝室」と題した家具・インテリアデザインを出品する。同年京大楽友会館の家具・インテリアデザインを担当する。森谷はヨーロッパのデザイン様式を時代に使いこなせるデザイナーであった。西洋家具の本格的な知識を持ったパイオニア的なデザイナーだったといえる。27(昭2)年趣味の良い洋家具を廉価で提供することを目的に「木の芽舎」を結成。しかし同年倒れ、その思いは挫折する。

 この立項によって、森谷の家具やインテリアデザインの「パイオニア的なデザイナー」でありながら、若くして亡くなったことで、広く知られていなかったとわかる。なおこの立項はこれも近年鬼籍に入ってしまった柏木博で、その『家具の政治学』(青土社)などは森谷の仕事を継承していることを伝えている。
 
家事の政治学

 また版元の太陽堂書店だが、『これからの室内装飾』の巻末の「図書目録」にはその他に、森谷の著書として『西洋美術史 古代家具篇』『同 中世家具篇・近代家具篇』が挙がっている。そこには六〇点ほどの書籍が掲載され、森谷に引き寄せてみれば、東京高等工芸学校との関係から、工学士の肩書が付された著者の工学書が目立つ。そこには東京高等工芸学校教授としての横山信『住宅スタイルの知識』『実際知識建築用語辞典』も見え、『近代出版史探索Ⅱ』347において、横山が緑草会編『民家図集』の写真家にして民家研究者にして建築家で、『同Ⅱ』343の今和次郎に師事していたことを既述しておいた。これは偶然かもしれないが「図書目録」において、森谷と横山は並んでいるので、二人も太陽堂書店を通じて関係があったとも考えられる。

  よみがえる古民家: 写真集 緑草会編民家図集 (『民家図集』)

 このように太陽堂は建築、工学、科学等を中心とする版元だと見なせるのだが、ダーウィン、松平道夫訳『種の起原』、ルツソー、内山賢次訳『人間平等起原論』、ニイチェ、三井信衛訳『この人を見よ』も刊行している。これらに関してはいずれ入手することができたら、考えてみるつもりだ。


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