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古本夜話183農民文芸会編『農民文芸十六講』

やはり新潮社の「思想文芸講話叢書」の内容とタイトルを踏襲した一冊に農民文芸会編『農民文芸十六講』があり、大正十五年に春陽堂から出版されている。実はこの農民文芸会は他ならぬ加藤武雄が属していたもので、同書はこの会の成果の集成との評価もある。

農民文芸会は大正十一年に『種蒔く人』の小牧近江の提唱によって、ルイ=フィリップ記念講演会が開かれ、それがきっかけで、同十三年に犬田卯が中心となって結成された。その目的は「過去における農民生活及び、文学の研究、外国農民文学の翻訳、農民文学の創作等を事業とする」ものである。なお煩を厭わず、『農民文芸十六講』刊行時のそのメンバーを記しておく。それらは犬田と加藤の他に、吉江喬松、椎名其二、中村星湖、白鳥省吾、大槻憲二、和田伝、湯浅真生、黒田辰雄、五十公野清一、佐伯郁郎、渋谷栄一、帆足図南次の十四人である。椎名に関しては別のところで、大槻については本連載82ですでにふれている。

これらのうちの椎名、加藤、中村、白鳥を除く十人によって、「序にかへて」も含めた同書が出されている。その十六に及ぶ構成は農民文芸会の目的綱領に沿い、農民文芸の意義、現代と日本における農民文芸と農民小説、フランス、ドイツ、ロシアなどの海外の農民文芸、代表的農民作家と小説の紹介、農村劇、農民詩、民謡への言及、農民文芸運動とその動向が満遍なく述べられ、この時代の用意周到な農民文芸チャートとなっている。またそれらの内容は啓蒙性と専門的側面の双方を兼ね、農民文芸会の真摯な研究と問題意識をもうかがわせている。

しかし犬田と五十公野を除き、他のメンバーは英仏露の外国文学者や詩人で、その出自と農村生活はともかく、農業に従事したことはなかったと考えられる。それならば、どうしてこの時代に外国文学者たちを中心とする農民文芸会が組織されたのだろうか。もちろんその底流には長塚節の『土』の出現、徳富蘆花の田園生活の実践から宮澤賢治の農民芸術論に至るまでの軌跡が重なっているにしても、何よりも第一次世界大戦後の新しい文学として、農民文芸が出現してきたことに求められるのではないだろうか。つまり『農民文芸十六講』の言葉を借りれば、近代文明や都市を背景とするブルジョワ文芸やプロレタリア文芸に対して、土に基づく農民文芸が注目を浴びてきたヨーロッパ文学を背景としているように思える。
土

そうした意味のことを、吉江喬松が「序にかへて」で述べている。吉江は日本でもヨーロッパでも農民文芸の歴史はまだ浅いとふまえた上で、次のように記している。

 農民自身の表白と、農民生活の研究とが、文芸作品となつて、非常な数量に於て、また優秀価値に於て現はれだしたのは、世界大戦後の現象である。例へばフランス一国の文芸から見ても、その作品と作者との数を挙げれば驚く可きものがある。これは文芸の内容主題の変遷発達史上の注目すべき一大事件であり、世界大戦の文芸に及ぼした重大な結果の一つである。その原因についての討究は暫く他日に譲るとしても、要するに、嘗て制限せられてゐた政治上の発言権が除々に拡張せられて行つた如く、文芸に対する発言権が、従来比較的遠かつた人々の中に普及して行つた現象である。

この見解に付け加えれば、二〇世紀初頭からのヨーロッパ各国における出版と多くの文学運動が連鎖し、多彩な分野の作品を生み出し、近代出版業界が成立していったことも影響しているし、日本の出版業界もその動向とパラレルであった。

吉江はその例としてフランスを挙げているが、それを和田伝が「仏蘭西に於ける農民文芸」で具体的に述べている。和田によれば、ポール・モーランやヴァレリー・ラルボーのコスモポリタン文学に対して、農民小説(Roman rustique)、もしくは地方主義的小説(Roman regionaliste)などの、農民と地方農民精神に基盤を置く農民文芸の勃興を見ているという。そして和田は多くの作家と作品の紹介に及ぶ。しかしそれらはほとんど初めて目にするばかりの名前と小説で、現在に至るまで翻訳されていないように思われる。
それは同じように紹介のあるドイツ、ロシア、イギリス、アイルランドなどにも共通している。そうしたヨーロッパ文学の見取図の中において、日本の自然主義時代からの農民小説と現代の農民文芸の位相が描かれ、農民文芸会のメンバーを始めとする作品が挙げられ、それらを一冊にまとめれば、近代日本の農民文芸の集大成的アンソロジーとなるように思われる。それは名前を挙げないが、会員の他にやはり忘れ去られている作家たちも含まれ、もしそのような試みが許されるのであれば、本当に一本を編んでみたい気にもなる。

しかしおそらく農民文芸会のメンバーだけでなく、そのような「プロレタリア文学全集」ならぬ「農民文芸全集」を構想した編集者はいたはずで、それはようやく半世紀を経た戦後の昭和五十年になって、家の光協会の『土とふるさとの文学全集』全十五巻として実現するに至った。だがすでに日本は消費社会へと離陸し、農業は見捨てられ、それこそ「土とふるさと」も消えていこうとしていた時代であったことになる。
土とふるさとの文学全集  ミレー《鍬を持つ男》

それはともかく、『農民文芸十六講』に戻ると、口絵にミレーの「鍬に倚る男」が置かれているように、また農民文芸会のメンバーの大半が外国文学者であったように、日本の農民文芸も同時代のヨーロッパ文学の潮流の中から新たに発見されたと考えることもできよう。しかもそれらを象徴するかのように、彼らはフランスの農民小説と地方主義的小説の翻訳者であり、中村星湖はフローベールの『ボヴァリー夫人』、吉江喬松はゾラの『ルゴン家の人々』、犬田卯は同じくゾラの『大地』を刊行していて、これらの翻訳も農民文芸会とリンクしていることに留意すべきだろう。

ボヴァリー夫人(生島遼一訳) ルーゴン家の誕生『ルーゴン家の誕生』(伊藤桂子訳) 大地(小田光雄訳)

他の農民文芸会のメンバーのことにもふれてみたいのだが、ここでは続けて取り上げる和田、中村、吉江、犬田の他は別の機会に譲りたい。それでもいくつかメモ程度に記しておけば、農民文芸会は昭和二年に機関紙『農民』を新潮社から創刊するが、この費用は加藤武雄が大衆小説で稼いだ金で負担したという。また湯浅真生は後にひとのみち教団の幹部となっている。これは新潮社の佐藤義亮との関係を考えてみるべきかもしれない。

またこれらの十四人の他に、農民文芸会には石川三四郎、中山義秀、平林初之輔、黒島伝治、鑓田研一、佐左木俊郎なども参加している。

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