出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル52(2012年8月1日〜8月31日)

出版状況クロニクル52(2012年8月1日〜8月31日)

『出版状況クロニクル3』において、10年に日本古書通信社から刊行された『古本屋名簿』を紹介しておいた。これは全国の2000余の古本屋を紹介した最新の情報を収録している。

出版状況クロニクル3  古本屋名簿  

そこにも収録されている三島の北山書店が9月半ばで閉店との話を聞き、先日出かけてみた。すると閉店が65周年に当たり、半額セールとなっていた。

北山書店に関しては、三島周辺を訪れるたびに必ず立ち寄り、洋書も含めた多くの古書を購入してきた。それらのことも含め、静岡県東部で最も在庫のある古本屋なので、ぜひ立ち寄ってほしいとしばしば書いてきた。

前回行ったのは5月であったが、やはり閉店と半額セールの情報が伝わっているためか、かなり売れているようで、客も続けて訪れ、全集類なども売れ、また電話による問い合わせも入っているようだった。

私も貧者の一灯であるけれど、9冊で5000円ほど買った。もっと時間をかけ、他のものも買いたかったのだが、13 に記した仕事が待っていたので、断念するしかなかったも。もう一度行けるだろうか。まだ2週間ほどは開店しているということなので、ぜひ出かけてほしい。
まったく偶然だが、そこに書肆紅屋が入ってきた。

書肆紅屋の本  『書肆紅屋の本』

消えていくのは書店ばかりでなく、古本屋も同様で、すでに『古本屋名簿』の1割がなくなっていると伝えられている。



1.『日経MJ』(8/1)の11年度卸売業調査が発表された。「書籍・CD・ビデオ・楽器」部門を示す。なお11、12、14と16以下は楽器卸のため省略。

■書籍・CD・ビデオ卸売業調査
順位社名売上高
(百万円)
増減率
(%)
営業利益
(百万円)
増減率
(%)
経常利益
(百万円)
増減率
(%)
税引後利益
(百万円)
粗利益率
(%)
主商品
1日本出版販売714,960▲2.2%17,3665.4%7,75011.3%3,24212.9%書籍
2トーハン514,543▲2.8%6,795▲8.3%3,7523.5%1,65111.7%書籍
3大阪屋119,943▲5.5%80983.9%2231237.9%書籍
4星光堂73,3369.0%CD
5栗田出版販売44,295▲4.4%書籍
6図書館流通センター42,23112.5%2,22730.8%2,38425.1%1,30720.6%書籍
7太洋社38,923▲2.8%10.0%書籍
8日教販36.6771.7%71631.4%114235.3%▲11511.0%書籍
9シーエスロジネット 20,26413.0%182▲21.6%2507.8%10211.8%CD
10日本地図共販 7,190▲2.0%書籍
13ユサコ4,418▲3.1%139162.3%139172.5%12619.5%書籍
15春うららかな書房2,9310.6%73▲15.1%26▲33.3%226.7%書籍

[雑誌、書籍、CD、DVD市場の縮小を反映し、トータルで前年比1.7%減。伸び率はTRCの健闘が目立つ。
このリストには掲載されていないが、卸売業に入るMPD、卸売業を兼ねているCCCとゲオの売上高を示せば、MPD2094億円、CCC1726億円、ゲオ2582億円となっている。つまり1位の日販の7149億円の内実は、MPDとCCCの売上によって支えられたものであり、それはこの20年間の日販とCCCの関係を物語って余りある。

この間にFCシステムにより、1500店近くのナショナルチェーンとなったCCC=TSUTAYAの驚くべき成長は、日販とのタイアップによって可能になったと断言していい。しかも日販はCCCの出店先の地域書店のデータをつかんでいたと考えられ、これはインサイダー的出店と見なせるだろう。

『ブックオフと出版業界』や本クロニクルなどで、日販、CCC=TSUTAYA丸善ブックオフによるカルテット的出店に言及してきたが、この卸売業調査と日販、MPD, CCCの関係と数字は、そのような結果、帰結と思われる。それによって生じた出来事こそが、出版物販売額の減少と中小書店の消滅であったことはいうまでもない。しかしMPDの伸びも止まり、レンタル市場の縮小も含め、CCCのFCや複合店システムもすでにピークを過ぎているし、次なるステージも明らかになっておらず、袋小路に入ってしまったのではないだろうか。

なおゲオについては後述する]
ブックオフと出版業界

2.続けて『日経MJ』(8/27)だが、一面特集で「迷走トーハン内憂外患」を掲載している。それを要約してみる。

トーハンの12年3月期連結売上高は5145億円で、日販の7149億円に対し、2000億円余の差が広がっている。純利益率も半分である。しかも13年の売上高5000億円確保は難しい。

トーハンの業績は長期低迷で、12年の連結売上高は6年連続前年割れであり、セブン・イレブン販売額も779億円と、5年前に比べ100億円減少。

* 社長交代劇に伴う内紛とその波紋によって、出版社や書店との信頼関係が揺らぎ、講談社が社外監査役再任を辞退し、丸善CHIグループ文教堂も日販へ帳合変更するなどの離反が始まっている。

* 財務顧問で三和銀行出身の藤井武彦が社長に就任したが、高コスト体質や高返品率を改善し、業績回復の成果を示し、新生トーハンを構築できるのか、その行方が注視されている。

[これらは怪文書の件も含め、本クロニクル50などでも既述してきたことであり、新たな情報が織りこまれているわけではないにしても、『日経MJ』が出版業界の取次トーハンの一面特集を組むこと自体が異例の出来事だといえよう。

補足資料として、トーハン、日販の単体売上高推移を挙げておく。

■トーハン・日販の売上高推移(単位:百万円)
トーハン増減率(%)日販増減率(%)
2000738,417▲4.0%762,998▲3.6%
2001700,140▲5.2%761,051▲0.3%
2002678,863▲3.1%744,167▲2.2%
2003665,713▲2.0%732,517▲1.6%
2004644,557▲3.2%714,500▲2.5%
2005648,6270.6%709,627▲0.7%
2006654,9650.9%678,217▲4.4%
2007641,396▲2.1%648,653▲4.4%
2008618,968▲3.5%647,109▲0.2%
2009574,826▲7.2%632,673▲2.2%
2010547,236▲4.8%613,048▲3.1%
2011519,445▲5.1%602,0251.8%

両社とも90年代のピーク時は8000億円前後の売上があったわけだから、トーハンは3000億円、日販ですらも2000億円のマイナスとなっていて、かつて出版社や書店に比べ、盤石だとされていた大手取次2社の凋落を物語っている。それはアマゾンの成長とパラレルであったことを忘れるべきではない。

『日経MJ』のトーハン特集は、そのような大手取次の、現われ始めた「迷走」というよりも「危機」を象徴していよう]

3.トーハンと提携し、合弁事業を営んでいるゲオの内紛、社長交代についても本クロニクルで既述してきたが、さらに深刻な事態になってきたようだ。『FACTA』9月号が「崖っぷちの『ゲオ』社長と裏金疑惑」というレポートを掲載している。こちらも要約してみる。

* 亡き創業者の長男で、約3割の株式を握る取締役遠藤結蔵が、前経営者陣の実権派の経営コンサルタントが絡む不透明な取引を追求し、それによって前会長と社長たちは放逐された。

* しかし遠藤は社長の座についたにもかかわらず、古参幹部の役員登用、執行役員や幹部の相次ぐ辞職などが起き、遠藤体制固めがまったく進んでいない。

* それに加えて、ゲオの創業がバブル期の地上げ企業のエスポの副業として始まったこともあり、「裏金システム」の存在が浮かび上がってきた。

* さらに遠藤は不動産投資などの借金絡みか、持ち株の9割以上が金融機関の担保に入っている事実が判明し、クーデターで政権を奪取したものの、実は追いこまれ、不都合な真実を抱えこんでいるのかもしれず、次なる波乱が待ちかまえているかもしれない。

において、売上高やチェーン店数を見たように、90年代以後はゲオやCCCの時代であった。しかし今回のゲオの内紛は、創業時の様々なしがらみと事情を明らかにしてしまったことになる。

ゲオの直営店システムに対し、FCシステムによるチェーン展開を進めてきたCCCも、同じような事情を抱えているのではないだろうか。

だがそれらのことはひとまず置くにしても、DVDレンタルと両社の競合の行方はどうなるのだろうか。今月のお盆時に、CCCの100円に対し、ゲオはまたしても50円レンタルを仕掛けていた。もはや最後の消耗戦といった感が強い。この廉価レンタルの行方もどうなっていくのだろうか]

4.続けてCCCの佐賀県式雄市図書館関連のことにふれておくと、武雄市は市図書館などの指定管理者にCCCを選定する議案を賛成多数で可決した。

契約期間は5年間で、委託料は年間1億1000万円。来年4月1日からCCCによる運営が始まり、年中無休、開館時間は午前9時から午後9時まで。Tカード導入に加え、スターバックスも併設する。

[CCCによる公共図書館運営がついに決まった。

これからCCCの力量がためされることになるし、この委託料が妥当なのか、Tカード導入によるプライバシー保護問題なども本格的に論じられていくだろう。

そして官の壁は厚く、CCCもいじめられ苦労するかもしれず、出版業界を相手にするのとはまったく異なる困難に遭遇するにちがいない]

5. 2 でふれたDNPグループのトーハンから日販への帳合変更だが、丸善書店の丸の内本店、日本橋店、ラゾーナ川崎店、名古屋栄店、文教堂の18店、それにジュンク堂傘下のビックウィル8店の大阪屋への帳合変更を加えると、160億円の売上がトーハンから失われることになる。

[この帳合変更に関して、丸善書店とジュンク堂は明確な表明を行っている。それによれば、トーハンの前経営体制に協力していきたが、現体制は意に反するもので、信頼関係が失われたこともあり、しばらく距離を置きたいと。

講談社に加え、丸善書店やジュンク堂までが、ここまでトーハンの現体制に不信を表明するのはかつてなかった出来事で、そこにはまだ明らかにされていない様々な問題が潜んでいると推測する他はない]

6.くまざわ書店が沖縄の球陽堂書房の経営権を取得し、全2店舗と外商部を引き継ぐ。球陽堂書房の年商は6億円。

[球陽堂書房は那覇市で65年にわたる歴史を有しているが、経営者が高齢で入院し、後継者も不在ゆえに、今回の処置になったとされる。

しかしくまざわ書店がこのようなM&Aを実施するのは初めてであり、また経営権取得金額は明らかにされていない。

くまざわ書店も球陽堂書房も取次はトーハンであるから、トーハンを通じての案件だと考えられる。

先に実施した、トーハンの明屋書店買収による日販からの帳合変更に関しても、明屋が赤字であることが判明している。球陽堂のM&Aも様々な事情を抱えているのだろう]

7.稲泉連の『復興の書店』(小学館)が出された。これは『週刊ポスト』に断続連載されていた福島県、岩手県、宮城県の書店を始めとする、東日本大震災と原発事故後のレポートである。

復興の書店
[取協によれば、この3県の被災書店は391店で、書店総数の88.1%に及び、廃業店は11店、再開未定は20店だとされている。

そのうちの福島県相馬・双葉地方の書店状況が、『文化通信』(8/13)に長岡義幸の写真と文によって報告され、原発20キロ圏内にある書店の復旧が手つかず、営業再開見通し困難の実態がリアルに伝わってくる。

また福島県と宮城県の古本屋状況は、『日本古書通信』(5、6月号)の折付桂子「震災後1年レポート 福島・宮城の古書業界」上下に詳しい。
いずれにしても、大震災と原発事故の風化が進む中で、困難な状況に置かれていることに変わりはない。関係者の健康を祈るばかりだ]

8. 7 の『復興の書店』連載によって、短絡的に発想されたにちがいない経産省の10億円補助金付きの「コンテンツ緊急電子化事業」が進展せず、JPOや出版5団体などが申請条件緩和説明会を開催。

[「コンテンツ緊急電子化事業」は9月まで受け付けで、6万点のデジタル化を推進しようとするプロジェクトである。

それなのに8月現在で、出版社の申請予定件数は2万件弱、本申請はまだ900点にも達していない。

受付期間は1ヵ月を残すだけで、もはやこのプロジェクトは頓挫したと見なすべきだろう。経産省とJPOの電子書籍構想の出発点が間違っていたことを告げているのではないだろうか。

それは逆に中小出版社のデジタル化や電子書籍に関する健全な判断を示していることになろう]

9.先月の楽天の「コボタッチ」の発売もあり、電子書籍をめぐる記事、報道、インタビュー、特集が新聞、雑誌で続いている。

それらのうちの主なものを挙げてみる。

* 小学館は「コボタッチ」を全社員に配布。

* 『毎日新聞』(8/19)の「論点」における高木有(作品社編集代表)、市川真人(文芸批評家)、安本洋一(ブックウォーカー常務取締役)へのインタビュー。

* 『日経MJ』(8/17)の「電子書籍買う気誘え」と題する、これも一面特集記事。

『月刊BOSS』10月号の「楽天と出版『最終戦争』」特集。

『FACTA』9月号の「国内『電子書籍』のズッコケ三人組」。

* 『朝日新聞』(8/25)の「電子書籍を読みたいですか?」アンケートによれば、「はい28%、いいえ72%」。

月刊BOSS 10月号  [f:id:OdaMitsuo:20120829134817j:image:h110]
に表われているような中小出版社の電子書籍化プロジェクトに対する不信と異なり、総じて大手出版社やマスコミは、あたかも電子書籍時代が到来したかのような発言や報道を繰り返している。

しかしそれは電子書籍端末メーカー、販売サイト、大手出版社の過大な期待の反映でしかなく、販売の実態や読者の立場から考えれば、鳴物入りの騒ぎにくらべて、加速的に普及しているとはとてもいえない。

それに『FACTA』の記事ではないが、ソニーやシャープの電子書籍事業は、まったく売れないという暗澹たる状況で、シャープは危機の只中にあり、完全に撤退するかもしれない。また同記事は楽天による「コボタッチ」に関する悪評の隠蔽工作も指摘している。

これらの状況を背景に、アマゾンのキンドルの発売が迫っていることになる]

10.朝日新聞の『グローブ』(8/19)が「カイロの書店から」で、アラブ文学研究者山本薫の「出版の姿を変えた市民革命」とエジプトのベストセラーを掲載している。

[山本によるエジプトの民衆革命に伴う出版状況の変化と書店動向にもまして興味深いのは、ベストセラー2、3位にアフマド・ムラードのミステリーが入っていることである。それらは『ダイヤモンド・ダスト』と『ヴァーティゴ』で、エジプト初の本格的なミステリーとされ、殺人事件を通じて、エジプト社会の政治の闇を描いているようだ。

コミュニズムと独裁政権下において、ミステリーは生まれず、出版もされなかったことは、ミステリーと出版の歴史が証明している。

革命後に出現したムラードの2冊は、様々な革命の記録書籍などの刊行と同様に、エジプトの出版業界の変化の表われだと思われる。この際だから、ぜひ山本にその翻訳を担ってほしい]

11.誠文堂新光社のデザイン誌『アイデア』9月号が「日本のオルタナ出版史1923−1945 ほんとうに美しい本」を特集している。

アイデア 9月号  
[構成・文を担当している郡淳一郎の「オルタナ出版史のためのプログラム」によれば、「オルタナ出版史」とは1923年9月1日の関東大震災から、1945年8月15日の日本敗戦までにおける『もう一つの』出版史]である。

そのようなプログラムのもとに、31人の出版者と出版物が「ほんとうに美しい本」として、大きなカラー書影とともに紹介されている。これほど目の保養になった特集はなかったようにも思われる。出版史のみならず、デザイン、装丁のための保存版として、ぜひ購入されたい。

なお同号には特集とは別に、「米澤嘉博の書物迷宮」も収録されている]

12.元平凡社の編集者二宮隆洋が亡くなった。

[二宮の死を知ったのは最近で、急性胃癌のために4月に逝去したようだ。

二宮は平凡社時代に『西洋思想大事典』『中世思想原典集成』などを始めとする200余点を企画編集し、中央公論新社の『哲学の歴史』も、平凡社退社後の彼の仕事であった。これらのことからわかるように、一部でしか知られていなかったと思われるが、彼は不世出の編集者であり、いずれ「出版人に聞く」シリーズにも登場してもらうつもりでいた。海外文学、思想書の出版に深く関わっていた編集者安原顕、笠井雅洋(矢代梓)、中野幹隆に続いて、二宮も早く亡くなってしまった。とても残念である。

彼のことを追悼して、「偲ぶ会」がもたれた際に、『親密なる秘義―編集者二宮隆洋の仕事1977−2012』が編まれ、またブックファースト青葉台店で、8月20日から9月30日にかけて、それらを中心とする二宮追悼フェアも催されている。

こちらもぜひ出かけてほしい]

『親密なる秘義―編集者二宮隆洋の仕事1977−2012』

13.「出版人に聞く」シリーズとして、薔薇十字社の内藤三津子へのインタビュー『薔薇十字社とその軌跡』(仮題)を終えた。
〈9〉として、井出彰の『書評紙の戦後と現在』が9月下旬刊行予定。


《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》

「今泉棚」とリブロの時代 盛岡さわや書店奮戦記 再販制/グーグル問題と流対協 リブロが本屋であったころ 本の世界に生きて50年 震災に負けない古書ふみくら 営業と経営から見た筑摩書房 貸本屋、古本屋、高野書店


以下次号に続く。