出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

2015-01-01から1年間の記事一覧

古本夜話489 江馬三枝子『日本の女性』

江馬修の『山の民』の初稿が飛騨の郷土研究誌『ひだびと』に連載されていたことは既述した。昭和十年から敗戦に至るまで飛騨において、百十二冊が刊行された民俗学と考古学を主とする『ひだびと』の編集や執筆を通じて、江馬を支えたのは二番目の妻の三枝子…

古本夜話488 江馬修『山の民』と出版事情

貴司山治と同じように、日本プロレタリア作家同盟の委員となったが、実録文学研究会にも『文学建設』にも属することなく、昭和十年代に自らの郷里の明治初年の事件を題材として、マルクス主義に立脚した新しい歴史小説に着手しつつある作家がいた。それは江…

出版状況クロニクル86 補遺

出版状況クロニクル86 補遺 本クロニクルとしてはイレギュラーであるが、出版状況が非常事態に入ってきたと見なし、7月7日付で、もうひとつの項目を付け加えておく。それは6月末時点で書くと、まだ、様々な状況が明らかになっているとはいえず、錯綜してしま…

古本夜話487 川端克二『海の魂』とコンラツド『陰影線』

野村尚吾の『週刊誌五十年』(毎日新聞社)に収録された『サンデー毎日』の「大衆文芸」入選、選外佳作者を見ていくと、昭和十三年から十四年にかけて、立て続けに川端克二という名前が出てくる。川端は同十三年上期に「海の花婿」、同十四年上期に「鳴動」…

出版状況クロニクル86(2015年6月1日〜6月30日)

出版状況クロニクル86(2015年6月1日〜6月30日)15年5月の書籍雑誌の推定販売金額は前年比10.7%マイナスという大幅減。書籍雑誌合わせて二ケタ減はかつてない落ちこみである。 その内訳は書籍が7.3%減、雑誌が13.6%減。雑誌のうちの月刊誌は13.2%減、週刊…

古本夜話486『サンデー毎日』と「大衆文学」

本連載で何度か取り上げた『講談倶楽部』の編集長だった菅原宏一の『私の大衆文壇史』において、『文学建設』の中心人物は「正統歴史文学の興隆」をめざす海音寺潮五郎と村雨退二郎で、二人は盟友であったが、昭和三十年頃に袂を分かち、一朝にして氷炭相容…

混住社会論110 藤原伊織『名残り火』(文藝春秋、二〇〇七年)

前々回の庄野潤三の『夕べの雲』には出てこないけれど、その丘の上の家ではもう一人の子供が生まれていて、それは三男にあたる庄野音比古である。そうとばかり思っていたが、庄野潤三の年譜にその名前は見えないので、庄野の甥かもしれない。それはともかく…

古本夜話485 佐々木邦のユーモア小説の行方

小学館の円本『現代ユウモア全集』の第一回配本が『佐々木邦集』だったと既述したし、また佐々木は講談社の『少年倶楽部』において、『苦心の学友』などの少年小説の著者として人気を博し、彼は日本の大衆文学としてのユーモア小説の開拓者であった。私も本…

古本夜話484 小学館『現代ユウモア全集』

これまで言及してきたユーモア小説は『新青年』系の作家の作品であるが、ユーモア小説といえば、円本時代の『現代ユウモア全集』を外すわけにはいかないだろう。大正時代における新しい文学としての時代小説、探偵小説、少年少女小説、児童小説を加えて、ユ…

混住社会論109 ピエール・ブルデュー『住宅市場の社会経済学』(藤原書店、二〇〇六年)と矢崎葉子『それでも家を買いました』(大田出版、一九九〇年)

一九六〇年代半ばに書かれた庄野潤三の『夕べの雲』には明らかに「一戸建て」の思想が見てとれた。だが八〇年代から九〇年代を背景とする宮部みゆきの『理由』になると、家を建てるという一戸建ての時代は後退し、マンションを買うというハビトゥスが時代の…

古本夜話483 村雨退二郎『明治巌窟王』と国民文学

『文学建設』のめざすところが何であったかを、作品に物語らせよう。それは村雨退二郎の『明治巌窟王』(講談社)である。創刊時に四十二名を擁し、その後も多くが参加した『文学建設』は全員の名前を挙げられないが、海音寺潮五郎と丹羽文雄を除いて、大半…

古本夜話482 中野実『東京無宿』

もう一人ユーモア作家を取り上げたい。それは彼も東方社の『新編現代日本文学全集』に収録されているし、最近になって樋口進写真、川本三郎文の『小説家たちの休日』(文藝春秋)の中で、思いがけずに彼の姿を見たからでもある。その名前は中野実という。東…

混住社会論108 庄野潤三『夕べの雲』(講談社、一九六五年)

前回の宮部みゆき『理由』のテーマのひとつは高層マンションに住む家族のイメージの変容であり、この作品は二一世紀を迎えようとしていた時代における家族レポートの色彩に包まれてもいた。また実際に二一世紀に入り、都市における住居の高層化はさらに進み…

[古本夜話] 古本夜話481 摂津茂和と林二九太

東方社の『新編現代日本文学全集』は古書市場にも在庫が少なく、第39巻の『摂津茂和集』と第40巻の『林二九太集』は見つけられなかった。そこで図書館の相互貸借サービスを利用し、ようやく読むことができた。なぜこの二冊にこだわったのかといえば、摂津と…

古本夜話480 昭和十年の流行作家竹田敏彦と『涙の責任』

昭和三十年代前半に東方社から刊行された『新編現代日本文学全集』全50巻の中に『竹田敏彦集』があり、本連載477で既述した『乾信一郎集』の他に、この一巻も所持している。竹田も乾も、この全集に収録されている藤沢桓夫、菊田一夫、井上友一郎、北条誠…

出版状況クロニクル85(2015年5月1日〜5月31日)

出版状況クロニクル85(2015年5月1日〜5月31日)15年4月の書籍雑誌の推定販売金額は1273億円で、前年比4.9%減。その内訳は書籍が5.2%減、雑誌は4.6%減。雑誌のうち月刊誌は2.7%減、週刊誌は12.4%減である。 返品率は書籍が36.0%、雑誌は43.2%である。…

混住社会論107 宮部みゆき『理由』(朝日新聞社、一九九八年)

事件が発生したのは一九九六年六月二日のことで、強い雨が降る夜だった。それは高層マンションの一室で起きたのである。まずはその建物と開発、建設プロジェクトの全容を示そう。 普通なら、営団地下鉄日比谷線北千住駅のホームからも望むことができる、「ヴ…

古本夜話479 プロレタリア大衆文学と貴司山治『ゴー・ストップ』

『戦旗』において繰り拡げられた、所謂「芸術大衆化論争」は未来社の『現代日本文学論争史』上巻に収録されている。これは中野重治、蔵原惟人、鹿地亘、林房雄の論考に加えて、日本プロレタリア作家同盟中央委員会名での「芸術大衆化に関する決議」も添えら…

古本夜話478 実録文学研究会、満月会、国防文芸連盟

『文学建設』に至るまでにはその前史があるので、それを書いておこう。近代出版史を通じて見るのであれば、昭和円本時代に平凡社からともに刊行された『現代大衆文学全集』と『新興文学全集』によって、大衆文学とプロレタリア文学が広範な読者を獲得するか…

混住社会論106 黄 春明『さよなら・再見』(めこん、一九七九年)

日本で初めて翻訳された現代台湾小説として、黄 春明の『さよなら・再見』(福田桂二訳)の刊行を見たのは一九七九年であった。この小説は日本人による「買春観光」をテーマとするもので、七三年に台湾で発表されている。台湾への日本人旅行者は六七年には七…

古本夜話477 乾信一郎『「新青年」の頃』、『文学建設』、『新編現代日本文学全集』

前回ふれた『文学建設』について続けてみる。『新青年』の歴代編集長の森下雨村、横溝正史、延原謙、水谷準がいずれも『新青年』時代について、まとまった記録を残さなかったことに比べ、五代目の乾信一郎だけは『「新青年」の頃』(早川書房)という一冊の…

古本夜話476 岡戸武平『続・筆だこ』

前回『尾崎久彌小説集』の「序に代えて」を岡戸武平が書いていることを既述した。なおもうひとつの序を記し、表紙と装丁を担当しているのは、「名古屋豆本」の刊行者亀山巌である。彼のことは別の機会に譲ることにして、その岡戸の著書も同じ名古屋の古本屋…

混住社会論105 日影丈吉『内部の真実』(講談社、一九五九年)

(社会思想社、現代教養文庫版) 前回の映画『セデック・バレ』に続き、同じく台湾を舞台とする小説、しかも日本人によって書かれたミステリーを取り上げてみる。それは日影丈吉の『内部の真実』である。日影は一九四九年に『宝石』コンクールに応募した「か…

古本夜話475 尾崎千代野編「尾崎久彌小説集」

もう一編、大越久子の『小村雪岱―物語る意匠』に教示されたことを書いてみる。本連載55、56で尾崎久彌に関してふれてきたけれど、尾崎の『綵房綺言』や尾崎編『洒落本集成』(いずれも春陽堂)が、雪岱の手になる装丁だと気づいていなかった。これは長谷…

古本夜話474 石井鶴三『「宮本武蔵」挿絵集』と『大菩薩峠』

前回小村雪岱と邦枝完二の小説の挿絵のことを書いたこともあり、別の挿絵本も取り上げておきたい。それは石井鶴三の『「宮本武蔵」挿絵集』で、これも浜松の時代舎で購入したものである。吉川英治の『宮本武蔵』は全巻を読んだことがないのだが、挿絵に添え…

混住社会論104 ウェイ・ダーション『セデック・バレ』(マクザム+太秦、二〇一一年)

出版状況クロニクル84(2015年4月1日〜4月30日)

出版状況クロニクル84(2015年4月1日〜4月30日) 15年3月の書籍雑誌の推定販売金額は1880億円、前年比3.3%減。その内訳は書籍は同0.4%増、雑誌は8.1%減。雑誌のうちの月刊誌は6.1%減、週刊誌は16.2%減で、雑誌のマイナスが大きく目立つ。 『週刊少年サ…

古本夜話473 小村雪岱と邦枝完二『お伝地獄』

大越久子の『小村雪岱―物語る意匠』(東京美術)の第二章は「ふたりの女おせんとお伝」と題され、邦枝完二の『絵入草紙おせん』と『お伝地獄』における雪岱の装丁と挿絵、とりわけ後者に焦点を当てている。そのことによって、雪岱の挿絵における江戸の浮世絵…

古本夜話472 小村雪岱と新小説社

本連載428「長谷川伸、新小説社、『大衆文芸』」で、長谷川が昭和八年に私家版で出した和本詩集『白夜低唱』にふれておいた。しかしそれが小村雪岱の装丁であることには言及してこなかった。実はそのことに気づかなかったのである。それを知ったのはしば…

混住社会論103 松本健一『エンジェル・ヘアー』(文藝春秋、一九八九年)

前回の村上春樹の『羊をめぐる冒険』において、三部作の主要な背景となる「ジェイズ・バー」の由来、それを営む中国人ジェイの命名の事実が語られている。ジェイは戦後米軍基地で働いていた時、本名の中国名が長く発音しにくかったので、アメリカ兵たちが勝…