出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

2013-01-01から1年間の記事一覧

古本夜話339 「音楽大講座」と『声楽と歌劇』

アルスは昭和十年代に「音楽大講座」全十二巻を刊行している。これは円本時代の「西洋音楽大講座」の焼き直しだと思われるが、そのうちの一冊『声楽と歌劇』を入手している。この時代の音楽書というと、ただちに思い出されるのが、第一書房による大田黒元雄…

古本夜話338 中島謙吉、光大社、三宅克己『思ひ出つるまゝ』

前回の「写真大講座」第十二巻に、福原信三や森一兵と同じく「芸術写真総論」を寄せているのは中島謙吉である。しかしその文体というよりも語り口には、写真家としての福原や森たちとは異なり、いかにも概論といったニュアンスがつきまとっている。それは中…

混住社会論39 都築響一『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』(アスペクト、一九九七年)

前回に続いて、もう一冊写真集を取り上げてみる。それは都築響一の『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』(アスペクト)で、『〈郊外〉の誕生と死』を上梓した同年の一九九七年に刊行されていたけれども、その特異なテーマもあって、言及することができなかったから…

古本夜話337 「写真大講座」と福原信三「芸術写真総論」

所持するアルスの写真書に関して、前回加藤直三郎の『中級写真術』だけで終わってしまったので、今回は「写真大講座」を取り上げたい。しかもたまたま入手している四冊のうちの第一巻は「写真総論」、第十二巻は「芸術写真論」といった内容である。前者には…

古本夜話336 アルス、カメラ、加藤直三郎『中級写真術』

アルスの多彩な出版物の中にあって、ひときわ特徴的なのは写真に関する本が集中して出されていることだろう。しかもそれらはいずれもロングセラーとなり、版を重ねたようで、私の手元にも八冊ほどあるのだが、これらは意図的に集めたものではなく、均一台で…

混住社会論38 小林のりお と ビル・オウエンズ

『〈郊外〉の誕生と死』において、日本の郊外の歴史を表象する写真集として、小林のりおの『ランドスケープ』(アーク・ワン、一九八六年)に言及している。この写真集は八〇年代半ばの東京や横浜の郊外の風景が、団地や分譲住宅地の開発によって変容してい…

古本夜話335 アルスの円本時代と多彩な企画

これも以前に何度も書いているのだが、社史と出版物総目録がいずれも出されていない出版社も数多くあって、それはアルスも例外ではない。しかもアルスの場合は円本時代において、『日本児童文庫』を出版し、菊池寛と興文社の『小学生全集』と激しい広告販売…

出版状況クロニクル65(2013年9月1日〜9月30日)

出版状況クロニクル65(2013年9月1日〜9月30日)消費税増税が決定となった。それによって、14年4月8%、15年10月10%と続いていくことになるだろう。日書連などは出版物に対する軽減税率の適用を求めているが、新聞と同様に適用されるはずもない。その事情と理…

古本夜話334 長田秋涛『図南録』の再刊

前回、中村光夫の長田秋涛伝も兼ねる小説『贋の偶像』に登場する彼の弟子安川老人が、アナキストの安谷寛一をモデルにしていると記しておいた。『贋の偶像』において、安川老人は秋涛会の中心人物で、二冊のパンフレットを刊行し、それは秋涛に関する貴重な…

古本夜話333 長田秋涛と中村光夫『贋の偶像』

前回安谷寛一の記述に、思いもかけない長田秋涛の名前を見出したこともあり、ここで長田に関する一編を挿入しておきたい。ただし秋涛は二重表記とする。まずは『増補改訂版新潮日本文学辞典』の長田の項を引く。 長田秋涛おさだしゅうとう 明治四・一〇・五…

混住社会論37 リースマンの加藤秀俊 改訂訳『孤独な群衆』(みすず書房、二〇一三年)

リースマンの『孤独な群衆』の改訂訳版が出された。この機会を得て、『孤独な群衆』を改訂版で再読したので、それについて書いておこう。ちなみにその前に記しておけば、加藤秀俊訳の一九六四年版は毎年のように版を重ね、二〇〇九年には四十二刷、発行部数…

古本夜話332 安谷寛一、アルス版『ファブル昆虫記』、『ファブル科学知識全集』

アナキスト系人脈によるアルスの出版物として、『大杉栄全集』の他に『ファブル昆虫記』全十二巻と『ファブル科学知識全集』全十三巻を挙げていいように思う。(『ファブル科学知識全集』第8巻、『日常の理化』)ただ戦前の『昆虫記』というと、岩波文庫の山…

古本夜話331 近藤憲二『一無政府主義者の回想』と『大杉栄全集』

本連載231でふれたクロポトキンの『相互扶助論』と前回のロマン・ロランの『民衆芸術論』の二作が収録されている一巻があって、それは大正十五年に刊行された『大杉栄全集』第六巻である。 (同時代社版)天金ならぬ天黒にして、黒地のハードカバー、背の…

混住社会論36 大場正明『サバービアの憂鬱』(東京書籍、一九九三年)

D・リンチの『ブルーベルベット』やロメロの『ゾンビ』、エドワード・ホッパーやエリック・フィッシュルのそれぞれの作品など、アメリカの映画や絵画に続けてふれてきたが、一九九〇年代になって、アメリカの郊外を、映画を主として俯瞰しようとする一冊が出…

古本夜話 330 ロマン・ロランの大杉栄訳『民衆芸術論』

全国出版物卸商業協同組合に関する連載が長くなってしまったが、ここで再び楠山正雄関連のところに戻る。 本連載235で楠山正雄の『近代劇十二講』がロマン・ロランの『民衆の芸術』に基づいていることを既述しておいた。あらためて大正時代におけるロラン…

古本夜話329 吉沢英明編著『講談明治期速記本集覧』と『講談作品事典』

前回、特価本業界に関する最後の一編と断わっておいたのだが、思いがけずに講談本の労作を恵贈されたので、同じく拾遺の一編として紹介の意味も兼ね、書いておきたい。それらは私家版であり、まだよく知られていないと思われるからだ。 『講談博物志』そこに…

混住社会論35 ジョージ・A・ロメロ『ゾンビ』(C-Cヴィクター、一九七八年)

私は一九九七年に上梓した『〈郊外〉の誕生と死』(青弓社)の最終章において、郊外ショッピングセンターと絡め、ジョージ・A・ロメロのホラー映画『ゾンビ』をすでに論じている。しかし当時と現在では郊外ショッピングセンターをめぐる問題が、まったく異な…

古本夜話328 同盟発行『義太夫百二十段集』、求光閣

最後にもう一編だけ、特価本業界拾遺として書いておきたい。それも岡村書店絡みだし、この機会を外すと、いつ言及できるのかわからないからでもある。それは『義太夫百二十段集』で、明治三十五年に刊行され、B6判をさらに小さくした判型の並製で、四百四十…

古本夜話327 井上勤訳『アラビヤンナイト物語』と岡村書店

当初十数回ほどのつもりで始めた特価本業界に関する言及もかなり長くなってしまったので、ひとまず終えることにするが、ここで井上勤の『アラビヤンナイト物語』にふれておきたい。昨年杉田英明の『アラビアン・ナイトと日本人』(岩波書店)が刊行された。…

出版状況クロニクル64 (2013年8月1日〜8月31日)

出版状況クロニクル64(2013年8月1日〜8月31日) 所用があって水戸へ出かけたので、帰りに土浦で降りた。土浦は30年ぶりだったが、その駅前周辺の変貌に驚いてしまった。それほど詳しいわけではないけれど、地場も含む百貨店、スーパーが撤退し、かつての面…

古本夜話326 『随筆』と『続随筆文学選集』

前回の新栄閣と石渡正文堂の奥付を見ていると、印刷者が石野観山、印刷所が福寿印刷株式会社と共通していることに気づく。本連載194で既述しておいたように、石野と印刷所は成光館の出版物の多くを担当していたことから、特価本業界向けの印刷を得意とし…

古本夜話325 新栄閣、ダルシイ『歓楽の哲婦』、石渡正文堂

前回の成光館に関連する出版を続けて取り上げてみる。『ロシア文学翻訳者列伝』の硨島亘から、未入手だった関東大震災後の大正期の翻訳書三冊の恵贈を受けた。それらはモオパッサン、大澤貞蔵訳『女の戯れ』(新栄閣、大正十三年)、レオンスアルシイ、青柳…

混住社会論34 エドワード・ホッパーとエリック・フィッシュル

前回ようやくデイヴィッド・リンチの『ブルーベルベット』に言及できたので、それに関連してもう一編書いてみたい。 一九八〇年代において、ロードサイドビジネスの隆盛によって形成され始めた郊外消費社会の風景の中で、私はその起源を求め、七〇年代に読ん…

古本夜話324 出口米吉、『性の崇拝』、『頭註東海道中膝栗毛』

特価本業界における成光館の出版活動、及び梅原北明人脈や宮武外骨や中山太郎とのつながりについて、前回も含め、本連載194などでも既述してきた。この他にも多くの出版人脈が成光館へと流れこみ、その全体像は明らかでないにしても、驚くべきほどの多種…

古本夜話323 丸山ゼイロク堂と小川霞堤『蛙の目玉』

前回の堀内新泉のように、いくつかの立項や言及が見られる作家はまだ幸運だといえるのかもしれない。これもかなり長きにわたって気にかけているのだが、まったく手がかりが浮かび上がってこない作家がいて、それは小川霞堤である。その名前を知ったのは岡田…

混住社会論33 デイヴィッド・リンチ『ブルーベルベット』(松竹、一九八六年)

一九八〇年代にビデオの時代が到来し、それに伴うレンタル店の増殖によって、多くの未知の外国映画を観ることができるようになった。それらの監督の中で、とりわけ私を魅了したのは二人のデイヴィッドである。その一人のクローネンバーグについては本連載1…

古本夜話322 堀内新泉『人間百種百人百癖』

前回に続き、磯部甲陽堂の出版物に関して、もう一編書いておきたい。最近になって浜松の時代舎で、三五判箱入の堀内新泉『人間百種百人百癖』なる一冊を入手しているからだ。同書について、新泉は「序」で、次のように述べている。 現代に成功せんと欲する者…

古本夜話321 磯部甲陽堂と岡田三面子『随筆虚心観』

本連載319でリストアップした、明治四十年時点での特価本業界の流通や販売に携わる十四の取次や書店の中に、磯部甲陽堂があった。この磯部甲陽堂に関しては『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』の中で、音曲本、どどいつ、小唄などの本を盛んに出版…

混住社会論32 黒沢清『地獄の警備員』(JVD、一九九二年)

もう一本、映画を取り上げてみる。黒沢清も多くのVシネマを送り出し、彼自身が命名した「日本のジャン・ポール・ベルモンド」である哀川翔とのコラボレーションで、九〇年代半ばからの「勝手にしやがれ!!」六部作、「復讐」と「修羅」の各二部作などへと結…

古本夜話320 香蘭社と木村萩村『自己の為めに精神修養』

前々回の尚栄堂のように東京書籍商組合員『書籍総目録』に姿を見せていれば、出版物を通じてその時代における出版社のイメージとアウトラインをつかめるのだが、特価本業界の出版社は東京書籍商組合に加盟していないところも多い。その一方で『全国出版物卸…