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古本夜話1097 春陽堂の江戸川乱歩『心理試験』『一寸法師』

 春陽堂の奥付、著作権、印税のことばかり続けて書いてきたので、もう一編を加えてみる。今回は江戸川乱歩に登場を願おう。

 乱歩は『新青年』の大正十二年四月号に処女作「二銭銅貨」を発表し、続けて、「一枚の切符」「恐ろしき錯誤」、十三年に「二廃人」「双生児」、十四年に「D坂の殺人事件」「心理試験」「黒手組」「幽霊」などを書き継いでいく。

 『探偵小説四十年年』によれば、乱歩は大正十三年に大阪毎日新聞を退社し、作家専業になることを決意している。それは小酒井不木に「心理試験」を見せ、作家専業のお墨付きをもらったこともあるけれど、「二銭銅貨」の原稿料が一枚一円、「D坂の殺人事件」や「心理試験」の頃には二円になっていたことも作用している。この原稿料は大正九年の『新青年』(博文館)の創刊が海外探偵小説の紹介を通じて、日本でのその隆盛を促し、乱歩がその発端となった事実も反映されているはずだ。

探偵小説四十年

 しかし忘れてはならないのが、『新青年』などを含めた雑誌の隆盛である。『日本出版百年史年表』の大正時代をたどってみると、『中外』(中外社)、『大観』(大観社)、『改造』(改造社)、『解放』(大鐙閣)、『現代』(大日本雄弁会)、『文藝春秋』(文藝春秋社)などの総合雑誌を始めとして、経済誌、婦人誌、児童誌、美術誌、文芸誌、週刊誌などの多くの創刊が見られる。つまり大正は明治と異なる新しい雑誌時代を迎えていたことになる。そして『新青年』が探偵小説への機運を導き出したように、それらの雑誌も各分野の書籍出版を促していったと考えられる。

 それに加えて、大正時代には雑誌と並んで、驚くほど多くの地方新聞が創刊されていて、新聞小説はつきものだったから、新たな作家と物語も求められていた。大正十年には『大阪毎日新聞』、『東京朝日新聞』だけで百万部を超えたし、テレビのない戦前の時代にあって、まさに活字の全盛を迎えていたといえるかもしれない。同二年から連載の始まる中里介山『大菩薩峠』、昭和二年の『朝日新聞』の乱歩「一寸法師」を置くならば、時代小説と探偵小説もそうした活字全盛時代が生み出した産物とも見なせよう。

大菩薩峠

 このような出版、新聞状況を背景として、乱歩は大正十四年に大阪で横溝正史たちと探偵趣味の会を始め、『文藝春秋』を模して、機関雑誌『探偵趣味』を創刊する。乱歩、甲賀三郎、春陽堂の島源四郎との相談の上、発売所は四号から東京の春陽堂に移り、編集は水谷準により昭和三年九月まで続いた。これはミステリー文学資料館編『「探偵趣味」傑作選』(「幻の探偵雑誌」2、光文社文庫)として、アンソロジーが編まれている。この春陽堂と『探偵趣味』の関係によって、掲載誌が『新青年』だったにもかかわらず、『心理試験』が春陽堂から刊行されたことを了承するのである。

f:id:OdaMitsuo:20201203131417g:plain:h113 「探偵趣味」傑作選
 『探偵小説四十年年』において、乱歩は『心理試験』は春陽堂の「探偵小説創作集」シリーズで、その六冊を挙げている。

1 江戸川乱歩 『心理試験』
2  〃    『屋根裏の散歩者』
3 甲賀三郎 『琥珀のパイプ』
4 江戸川乱歩 『湖畔亭事件』
5 小酒井不木 『恋愛曲線』
6 江戸川乱歩 『一寸法師』

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 これらは実際には乱歩の記憶違いで、「創作探偵小説集」シリーズであり、刊行タイトルも『春陽堂書店発行図書目録』で確認したところ、『一寸法師』は7とあり、もう一冊出ていたのである。その6は『一寸法師』とほぼ同時に出された甲賀三郎『恐ろしき凝視』に他ならない。「創作探偵小説集」シリーズの七冊のうちの四冊が乱歩、二冊が甲賀であるのは、先の『探偵趣味』をめぐる事情によっていると判断できよう。

f:id:OdaMitsuo:20201029112936j:plain:h115(『春陽堂書店発行図書目録』) f:id:OdaMitsuo:20201203122455p:plain:h120(復刻版)

 実はこの乱歩の四冊が春陽堂によって復刻され、そのうちの『心理試験』『一寸法師』を入手している。確かに、乱歩のいうところの「いずれもドイツ製のエビ茶色のロースに金文字色入りの表紙で、紙もコットンを使い、定価二円、当時としてもなかなか立派な本」である。それに後者の巻末広告を見ると、「創作探偵小説集」は5までしか掲載されておらず、それで乱歩は6が『一寸法師』で、シリーズが打ち切りになったと思いこんだのであろう。

f:id:OdaMitsuo:20201202114625j:plain:h115 ( 復刻版)

 さて今回も最後になってしまったが、その二冊の奥付を見ると、著者として乱歩の本名の平井太郎が記載され、「著作者検印」のところにしっかりと「平井」の印が打たれていた。春陽堂の奥付にいつから「著作者検印」欄が設けられるようになったのか、どの著者から採用されるようになったのか、詳らかにしないけれど、やはり昭和円本時代を通じてだったと見なすべきだろう。


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