入手したのは二十年以上前になるのだが、そのままずっと放置しておいた一冊があった。それは機械函入、岩上順一『歴史文学論』で、昭和十七年に中央公論社から刊行されている。 読まずにほうっておいたのは、そうしたそっけない装幀に加え、岩上を知らなかっ…
昭和十年代後半の戦時下と同様に、戦後の昭和二十年代前半の出版業界も不明な事柄が多い。その背景には国策取次の日配の解体に伴う東販や日販などの戦後取次への移行、出版社・取次・書店間の返品と金融清算、三千社以上に及ぶ出版社の簇生と多くの倒産など…
続けてふれてきた小森田一記が手がけた『世界評論』創刊号は手元にある。それは例によって近代文学館の「復刻日本の雑誌」(講談社)の一冊としてで、WORLD REVIEWという英語タイトルも付され、昭和二十一年二月一日発行のA5判一一二ページ仕立てである。(…
前回、『出版人物事典』の小森田一記の立項において、彼が横浜事件で検挙されたことを見ている。この横浜事件はいわば出版業界の大逆事件と称すべきもので、本探索でも取り上げておかなければならない事件であり、ここで書いておきたい。 横浜事件は大東亜戦…
これは戦後を迎えてのことだが、ゾルゲ事件で獄中にあった尾崎秀実が妻の英子と娘の楊子に宛てた書簡集『愛情はふる星のごとく』がベストセラーになっている。それは昭和二十一年からのことで、出版ニュース社編『出版データブック1945~1996』のベストセラ…
前回、渡正元が普仏戦争とパリ・コミューンに遭遇し、明治四年にその記録が『法普戦争誌略』として刊行され、それが二万部に及んだこと、及び大正三年に第一次世界大戦の勃発を受け、『巴里籠城日誌』として再刊されたことを既述しておいた。(東亜堂版) だ…
かつて拙稿「農耕社会と消費社会の出会い」(『郊外の果てへの旅/混住社会論』所収)で、久米邦武編『特命全権大使 米欧回覧実記』(岩波文庫)に言及している。岩倉使節団がフランスを訪れたのは、普仏戦争とパリ・コミューンの余燼さめやらぬ1872年であり…
23年9月の書籍雑誌推定販売金額は1078億円で、前年比2.6%増。 書籍は668億円で、同5.3%増。 雑誌は409億円で、同1.6%減。 雑誌の内訳は月刊誌が353億円で、0.1%増、週刊誌は55億円で、同11.1%減。 返品率は書籍が29.3%、雑誌が39.4%で、月刊誌は37.8%、週刊…
クロポトキンは『ある革命家の思い出』において、もう一度反復すれば、十九世紀後半の政治状況を次のように分析している。国際労働者協会(第一インターナショナル)は万国の労働者の連帯と団結に基づき、資本と戦うという思想によってヨーロッパで隆盛を迎…
『ある革命家の思い出』に述べられているように、クロポトキンは前回ふれた一八七二年のスイスにおける国際労働者協会(第一インターナショナル)の歴史と活動への注視、及びジュネーブ統一支部での国際労働者運動の実態を知ったことで、ロシアに帰ると、チ…
クロポトキンは『ある革命家の思い出』に記されているように、一八七二年の初めての西ヨーロッパ旅行で、スイスに向かった。それは長きにわたって国際労働者協会=第一インターナショナルのことを確かめたいと思っていたからだ。それまで多くの成果をもたら…
高杉一郎の訳業として、クロポトキンの『ある革命家の思い出』を忘れるわけにはいかない。これは昭和三十七年に平凡社から刊行された『世界教養全集』26に収録されたもので、その後『ある革命家の手記』と改題され、五十四年には岩波文庫の上下本となってい…
ここでスメドレーに戻る。本探索1433のスメドレーの『女一人大地を行く』の尾崎秀実による「アグネス・スメドレー女史の旅」という序文において、ドイツ版の表紙に彼女の「複雑な表情が大写し」で使われていることへの言及がある。それに関して、尾崎が通っ…
これも浜松の典昭堂で見つけたのだが、大正十二年に刊行された『世帯』という雑誌がある。本探索1436の文化生活研究会と連鎖していると思われる。そのフォーマットはA5判一二〇ページ前後、入手したのは四冊で、大正十二年三、六、七、八月号だが、三月号の…
誠文堂新光社の二代目小川誠一郎にふれたからには創業者の小川菊松にも言及しないわけにはいかないだろう。これまでも本探索で『出版興亡五十年』の著者として、しばしば登場してもらってきたが、『出版人物事典』の立項は引いてこなかったので、まずはそれ…
続けて『釣りの四季』『シャボテン』と誠文堂新光社の趣味実用書といっていい「豪華版」を取り上げてきたが、これらの企画者と思われ、奥付発行者とある小川誠一郎は言及してこなかった。誠文堂新光社の小川菊松の長男の誠一郎は菊松の『出版興亡五十年』に…
本探索1440の『釣りの四季』と同じく、誠文堂新光社から昭和三十八年に龍胆寺雄の『シャボテン』が刊行されている。これも函入B4判で「豪華版」と銘打たれ、定価は二四〇〇円である。 昭和三十年代に釣りとシャボテンの豪華本が出版された事情は分かるような…
文化生活研究会絡みで、釣りの本などの道草を食うことになったのだが、もう少し続けてみる。本探索1436で文化生活研究会の実用書として、上原静子『家庭園芸と庭園設計』、田村剛『庭園の知識』を挙げておいた。しかしこれらの大正時代の実用書の入手はほと…
本探索は大手出版社や著名版元、古典や名著をコアとしているのではなく、小出版社や忘れられた版元の所謂「雑書」に広く言及することをひとつの目的としている。そのためにいつも脇道にそれたり、寄り道したり、道草を食ったりしてしまう。だが考えてみれば…
23年8月の書籍雑誌推定販売金額は711億円で、前年比11.3%減。 書籍は378億円で、同10.6%減。 雑誌は333億円で、同12.0%減。 雑誌の内訳は月刊誌が277億円で、同12.0%減、週刊誌は55億円で、同12.0%減。 返品率は書籍が40.2%、雑誌が44.4%で、月刊誌は43.7%、…
前回の志村秀太郎『畸人佐藤垢石』によれば、『つり人』の創刊が契機となって、佐藤の名声は上がり、マスコミの売れっ子になっていったようで、それは戦後の釣りブームの一端を教えてくれる。大正の『釣の趣味』や昭和戦前の『水之趣味』は、あくまで一定の…
アテネ書房の復刻には見えていなかったので、前回は佐藤垢石、竹内順三郎共著『渓流の釣り』を取り上げなかった。だが同書は箱入菊半裁判上製三八五ページの一冊で、昭和十年に麹町区丸ノ内の啓成社から刊行され、発行兼印刷者はその代表者の布津純一となっ…
前回アテネ書房の「『日本の釣』集成」に言及したのは久しぶりであり、それに関連して三編ほど続けてみたい。 (「『日本の釣』集成」) 大正は趣味の時代であり、釣もそのひとつに数えられるし、そのことを象徴するように、『釣の趣味』という雑誌も創刊さ…
前回の文化生活研究会の著書や実用書は昭和を迎えると、円本企画へとも結実していったのである。それを体現したのは『釣の呼吸』や『釣り方図解』の上田尚に他ならない。 私はかつて「川漁師とアテネ書房の「『日本の釣』集成」(『古本探究』所収)を書き、…
前々回の石垣綾子『わが愛、わがアメリカ』における彼女の自由学園をめぐる回想を読むと、あらためて大正時代において、新たなる学校や雑誌、思想や文化が立ち上がってきたことが臨場感をもって浮かび上がってくる。彼女はその時代の只中を通過してきたのだ。…
前回のジャック・白井に関連して、もう一編書いておきたい。 『日本アナキズム運動人名事典』の「白井・ジャック」の立項における参考文献として、坂井米夫『ヴァガボンド通信』(改造社、昭和十四年)が挙げられていた、それは著者にしても書名にしても、石…
前回の石垣綾子『回想のスメドレー』ではないけれど、石垣の「回想」によって、記憶に残された人たちがいる。彼らはジャック・白井と青柳優で、前者は『日本アナキズム運動人名事典』、後者は『日本近代文学大事典』に立項されているので、まったく無名の人…
アグネス・スメドレーは一九二八年にデンマークに赴き、その海辺で数ヶ月を過ごし、『大地の娘』(原題Daughter of Earth)という自伝的作品を書き上げた。それが次のように始められているのはそのことによっている。 私の前にはデンマークの海がひろがって…
前回、アグネス・スメトレーの高杉一郎訳『中国の歌ごえ』がもたらした広範な分野への影響にふれたが、それは著者や訳者も思いもかけなかったであろうコミックへも及んでいるのである。 昭和五十六年にさいとう・たかをはゴルゴ13を主人公とする「毛沢東の遺…
高杉一郎の翻訳はフィリッパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』(岩波書店)などの児童文学も含め、多岐にわたっているが、アグネス・スメドレーの『中国の歌ごえ』(みすず書房、昭和三十二年初版、同四十七年改版)は記念碑的な翻訳のようにも思える。 アメリ…