出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話1376 芥川龍之介『支那游記』

前回、芥川龍之介の『江南の扉』にふれたが、その後、浜松の典昭堂で同じく芥川の『支那游記』を見つけてしまった。改造社から大正十四年十月初版発行、入手したのは十五年五月の訂正版である。それは函無しの裸本で、褪色が激しく、背のタイトルも著者名も…

古本夜話1375 村松梢風『魔都』

前々回の中里介山の『遊於処々』において、上海に向かう長崎丸の利用者に村松梢風たちがいると述べられていた。それを読み、村松に上海を舞台とした『魔都』という一冊があり、しばらく前に浜松の時代舎で入手したことを思い出した。 同書は四六判上製のかな…

古本夜話1374 中里介山『日本武術神妙記』と国書刊行会『武術叢書』

かつて国木田独歩とともに「同じく出版者としての中里介山」(『古本探究Ⅱ』所収)を書いた際にはその内容に言及しなかったけれど、昭和八年の介山の大菩薩峠刊行会版『日本武術神妙記』 の書影だけを掲載しておいた。 ところが前回の隣人之友社版『遊於処々…

古本夜話1373 介山居士紀行文集『遊於処々』

前回、中里介山の『大菩薩峠』の出版をめぐる春秋社、大菩薩峠刊行会、隣人之友社などの入り組んだ関係にふれておいたが、その後、介山居士紀行文集『遊於処々』を入手している。これは昭和九年に介山を著作兼発行者として刊行された四六判上製の一冊で、発…

古本夜話1372 『石井鶴三挿絵集』と中里介山

挿絵に関連して、ここでもう一編書いておきたい。それは浜松の典昭堂で、ずっと探していた『石井鶴三挿絵集』を入手したからである。正確にいえば、同書は『石井鶴三挿絵集』第一巻だが、近代挿絵史上の一大事件といっていい著作権問題を引き受けるかたちで…

古本夜話1371 陸軍美術協会出版部『宮本三郎南方従軍画集』

平凡社『名作挿絵全集』第六巻の「昭和戦前・現代小説篇」を繰っていると、前々回に挙げた獅子文六『胡椒息子』の挿絵を描いている宮本三郎も「挿絵傑作選」のメンバーに含まれて、そこには次のようなポルトレが提出されていた。 石川県生まれ。川端画学校洋…

古本夜話1370 新潮社「挿絵の豊富な小説類」と角田喜久雄『妖棋伝』

これは前回の岩田専太郎編『挿絵の描き方』の巻末広告で知ったのだが、同じ昭和十年代に新潮社から「挿絵の豊富な小説類」が刊行されていたのである。それらの挿絵は岩田のほかに、林唯一、富永謙太郎、小林秀恒、志村立美が担っていて、まさに新潮社も「挿…

古本夜話1369 岩田専太郎『挿絵の描き方』と新潮社「入門百科叢書」

前回、長谷川利行の人脈に岩田専太郎も含まれていることを既述しておいた。それは大正を迎えての新聞や雑誌の隆盛に伴う挿絵の時代を想起させるし、岩田に関しては『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』(「出版人に聞く」12)で、飯田豊一が戦前における岩田の…

古本夜話1368 『長谷川利行展』と「カフェ・パウリスタ」

もう一冊、展覧会カタログを取り上げてみよう。浜松の典昭堂で『長谷川利行展』(一般社団法人 INDEPENDENT 2018)を見つけ、買い求めてきた。これは利行の最新の展覧会本で、一四四点の絵がカラーで掲載され、その「年譜」や「長谷川利行が歩いた東京」「参…

出版状況クロニクル178(2023年2月1日~2月28日)

23年1月の書籍雑誌推定販売金額は797億円で、前年比6.5%減。 書籍は474億円で、同7.0%減。 雑誌は323億円で、同5.8%減。 雑誌の内訳は月刊誌が266億円で、同3.3%減、週刊誌が56億円で、同16.0%減。 返品率は書籍が32.8%、雑誌が41.8%で、月刊誌は41.3%、週刊…

古本夜話1367 横浜美術館『小島烏水 版画コレクション』

今橋映子編著『展覧会カタログの愉しみ』(東大出版会)があるのは承知しているけれど、展覧会カタログの全容は把握しがたく、刊行も古本屋の店頭で出合うまでは知らずにいたことも多い。それに市販されていないので、目にふれる機会も少ない。そのような一…

古本夜話1366 森鷗外「ながし」

大下藤次郎の『水彩画之栞』に序文ともいうべき「題言」をよせた森鷗外は、大下が明治二十三年、二十一歳の時に書いた手記「ぬれきぬ」(「濡衣」)によって、大正二年に「ながし」という小説を書いている。このことは前々回の『みづゑ』の土方定一「藤次郎…

古本夜話1365 島崎藤村「水彩画家」と丸山晩霞

水彩画というと、ただちに思い出されるのは島崎藤村の「水彩画家」である。この作品は春陽堂の『新小説』の明治三十七年一月号に掲載され、同四十年にやはり春陽堂の藤村の最初の短編集『緑葉集』に収録されている。 水彩画の隆盛が明治三十年代から四十年代…

古本夜話1364 『みづゑ』と特集「水彩画家 大下藤次郎」

宮嶋資夫の義兄大下藤次郎のことは何編か書かなければならないので、本探索1353に続けてと思ったのだが、少しばかり飛んでしまった。大下に関しては他ならぬ『みづゑ』が創刊900号記念特集「水彩画家 大下藤次郎」(昭和五十五年三月号)を組んでいる。 ( 9…

古本夜話1363 垣内廉治『図解自動車の知識及操縦』とシエルトン『癌の自己診断と家庭療法』

実用書に関して、出版社、著者、翻訳者の問題も絡めて、もう一編書いてみたい。実用書の出版史は『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』(昭和五十六年)にその一角をうかがうことができるけれど、こちらの世界も奥が深く、謎も多いので、とても細部まで…

古本夜話1362 金園社の実用書と矢野目源一訳『補精学』

かつて「実用書と図書館」(『図書館逍遥』所収)を書き、日常生活に役立つことを目的とする実用書出版社にふれたことがあった。実用書はそうしたコンセプトゆえに、生活と時代の要求に寄り添い、ロングセラーとして版を重ねているものが多いのだが、文芸書…

古本夜話1361 佐藤紅霞『貞操帯秘聞』

佐藤紅霞に関しても、もう一編書いておきたい。それは最近になって彼の『貞操帯秘聞』という一冊を入手しているからだ。同書は昭和九年に丸之内出版社から刊行され、その発行者は麹町区丸の内の多田鐵之助で、版元にしても出版社名にしても、ここでしか目に…

古本夜話1360 佐藤紅霞『洋酒』とダヴィッド社

本探索1354の百瀬晋『趣味のコクテール』だが、『近代出版史探索』19の佐藤紅霞が戦後になって刊行した『洋酒』(ダヴィッド社、昭和三十四年、三版)を読んでみると、酒を飲まない百瀬がそうした一冊を書くことができたとは思えないのである。 佐藤の『洋酒…

古本夜話1359 大杉栄・伊藤野枝『二人の革命家』と娘たち

もう一冊、大杉栄と伊藤野枝の共著があることを思い出したので、そちらも書いておきたい。それはアルスからか刊行された菊半截判、フランス装三三八ページの『二人の革命家』で、奥付には大正十二年六月初版、同十二年十二月十七版とあり、この版も前回の『…

古本夜話1358 聚英閣「社会文芸叢書」と大杉栄、伊藤野枝『乞食の名誉』

ここで宮嶋資夫の『坑夫』に関して、ほとんど知られていないエピソードを付け加えておこう。 私の手元にある大杉栄、伊藤野枝共著『乞食の名誉』は大正十二年九月二十八日の発行で、同年十二月一日の九版となっている。これは大杉の「死灰の中から」に、伊藤…

出版状況クロニクル177(2023年1月1日~1月31日)

22年12月の書籍雑誌推定販売金額は972億円で、前年比5.7%減。 書籍は522億円で、同3.5%減。 雑誌は449億円で、同8.2%減。 雑誌の内訳は月刊誌が388億円で、同9.1%減、週刊誌が61億円で、同1.8%減。 返品率は書籍が29.0%、雑誌が37.8%で、月刊誌は36.4%、週刊…

古本夜話1357 宮嶋資夫とゾラの『金』

これは『宮嶋資夫著作集』(全八巻、慶友社、昭和五十八年)を入手するまで、その作品の存在も書かれていたことも知らなかったのだが、『宮嶋資夫著作集』第五巻に唯一の長編小説『金』が収録されていたのである。この作品は宮嶋が『英学生』の広告取りや編…

古本夜話1356 スタンダール、阿部敬二訳『アンリ・ブリュラールの生涯』、冨山房百科文庫

宮嶋資夫の自伝といっていい『遍歴』には男女、有名無名を問わず、多くの人たちが登場している。しかし書かれたのは戦後の昭和二十五年だが、たどられているのは大正から昭和戦前のことなので、プロフィル不明の人物も少なくない。ないものねだりになってし…

古本夜話1355 飲食物史料研究会編『趣味の飲食物史料』

浜松の時代舎で、飲食物史料研究会編『趣味の飲食物史料』という一冊を見つけ、購入してきた。大阪の公立社書店を版元として、昭和七年に刊行されている。宮嶋資夫たちと『飲料商報』の関係をトレースしてきたこともあるし、私以外にはこのような書籍を取り…

古本夜話1354 百瀬晋、高木六太郎、『飲料商報』

宮嶋資夫の『遍歴』は本探索1289の『エマ・ゴールドマン自伝』ではないけれど、登場人物人名事典を編んでみたいという誘惑にかられるが、それは断念するしかない。そうはいっても『日本アナキズム運動人名事典』が代行してくれる人々も多いからだ。それでも…

古本夜話1353 宮嶋資夫と大下藤次郎

宮嶋資夫の『遍歴』は戦後になってからの回想で、それぞれの確固たる証言や資料に基づくものではなく、彼が思い出すままに書いていった自伝の色彩が強い。そのために時系列、人間関係、社会主義とアナキズム人脈なども交錯し、そこには出版資金、編集、翻訳…

古本夜話1352 宮嶋資夫『遍歴』と古田大次郎『死の懺悔』

宮嶋資夫の『遍歴』におけるアナキズムから仏門への転回点をたどってみると、その発端は関東大震災から昭和初年にかけてのことだったと思われる。 実際に『遍歴』のタイトルが物語るように、宮嶋はこの自伝的著作を「巡礼と遍歴」の章から始め、関東大震災か…

古本夜話1351 笹井末三郎と柏木隆法『千本組始末記』

宮嶋資夫の『禅に生くる』では彼を天龍寺へと誘ったのは「笹井君」で、それをきっかけにして宮嶋はその毘沙門堂の堂守となり、仏門の生活へと入っていったのである。 この「笹井君」は笹井末三郎のことで、柏木隆法によって『千本組始末記』(海燕書房、平成…

古本夜話1350 宮嶋資夫と『禅に生くる』

神近市子の近傍にいた宮嶋資夫の『坑夫』は復刻版が出されていないようなので、『日本近代文学大事典』における書影しか見ていないが、その後、彼が仏門に下り、「蓬州」として著した『禅に生くる』は浜松の時代舎で入手している。四六版上製函入で、昭和七…

古本夜話1349 八木麗子と宮嶋資夫『坑夫』

神近市子の夫の鈴木厚の陸軍画報社との関係から、少しばかり迂回してしまったが、『神近市子自伝』に戻る。八木麗子に言及しなければならないからだ。神近は八木麗子、佐和子姉妹に関して『蕃紅花』の同人で、姉は『万朝報』の記者、妹は神田の英仏和高女の…