出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話

古本夜話1366 森鷗外「ながし」

大下藤次郎の『水彩画之栞』に序文ともいうべき「題言」をよせた森鷗外は、大下が明治二十三年、二十一歳の時に書いた手記「ぬれきぬ」(「濡衣」)によって、大正二年に「ながし」という小説を書いている。このことは前々回の『みづゑ』の土方定一「藤次郎…

古本夜話1365 島崎藤村「水彩画家」と丸山晩霞

水彩画というと、ただちに思い出されるのは島崎藤村の「水彩画家」である。この作品は春陽堂の『新小説』の明治三十七年一月号に掲載され、同四十年にやはり春陽堂の藤村の最初の短編集『緑葉集』に収録されている。 水彩画の隆盛が明治三十年代から四十年代…

古本夜話1364 『みづゑ』と特集「水彩画家 大下藤次郎」

宮嶋資夫の義兄大下藤次郎のことは何編か書かなければならないので、本探索1353に続けてと思ったのだが、少しばかり飛んでしまった。大下に関しては他ならぬ『みづゑ』が創刊900号記念特集「水彩画家 大下藤次郎」(昭和五十五年三月号)を組んでいる。 ( 9…

古本夜話1363 垣内廉治『図解自動車の知識及操縦』とシエルトン『癌の自己診断と家庭療法』

実用書に関して、出版社、著者、翻訳者の問題も絡めて、もう一編書いてみたい。実用書の出版史は『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』(昭和五十六年)にその一角をうかがうことができるけれど、こちらの世界も奥が深く、謎も多いので、とても細部まで…

古本夜話1362 金園社の実用書と矢野目源一訳『補精学』

かつて「実用書と図書館」(『図書館逍遥』所収)を書き、日常生活に役立つことを目的とする実用書出版社にふれたことがあった。実用書はそうしたコンセプトゆえに、生活と時代の要求に寄り添い、ロングセラーとして版を重ねているものが多いのだが、文芸書…

古本夜話1361 佐藤紅霞『貞操帯秘聞』

佐藤紅霞に関しても、もう一編書いておきたい。それは最近になって彼の『貞操帯秘聞』という一冊を入手しているからだ。同書は昭和九年に丸之内出版社から刊行され、その発行者は麹町区丸の内の多田鐵之助で、版元にしても出版社名にしても、ここでしか目に…

古本夜話1360 佐藤紅霞『洋酒』とダヴィッド社

本探索1354の百瀬晋『趣味のコクテール』だが、『近代出版史探索』19の佐藤紅霞が戦後になって刊行した『洋酒』(ダヴィッド社、昭和三十四年、三版)を読んでみると、酒を飲まない百瀬がそうした一冊を書くことができたとは思えないのである。 佐藤の『洋酒…

古本夜話1359 大杉栄・伊藤野枝『二人の革命家』と娘たち

もう一冊、大杉栄と伊藤野枝の共著があることを思い出したので、そちらも書いておきたい。それはアルスからか刊行された菊半截判、フランス装三三八ページの『二人の革命家』で、奥付には大正十二年六月初版、同十二年十二月十七版とあり、この版も前回の『…

古本夜話1358 聚英閣「社会文芸叢書」と大杉栄、伊藤野枝『乞食の名誉』

ここで宮嶋資夫の『坑夫』に関して、ほとんど知られていないエピソードを付け加えておこう。 私の手元にある大杉栄、伊藤野枝共著『乞食の名誉』は大正十二年九月二十八日の発行で、同年十二月一日の九版となっている。これは大杉の「死灰の中から」に、伊藤…

古本夜話1357 宮嶋資夫とゾラの『金』

これは『宮嶋資夫著作集』(全八巻、慶友社、昭和五十八年)を入手するまで、その作品の存在も書かれていたことも知らなかったのだが、『宮嶋資夫著作集』第五巻に唯一の長編小説『金』が収録されていたのである。この作品は宮嶋が『英学生』の広告取りや編…

古本夜話1356 スタンダール、阿部敬二訳『アンリ・ブリュラールの生涯』、冨山房百科文庫

宮嶋資夫の自伝といっていい『遍歴』には男女、有名無名を問わず、多くの人たちが登場している。しかし書かれたのは戦後の昭和二十五年だが、たどられているのは大正から昭和戦前のことなので、プロフィル不明の人物も少なくない。ないものねだりになってし…

古本夜話1355 飲食物史料研究会編『趣味の飲食物史料』

浜松の時代舎で、飲食物史料研究会編『趣味の飲食物史料』という一冊を見つけ、購入してきた。大阪の公立社書店を版元として、昭和七年に刊行されている。宮嶋資夫たちと『飲料商報』の関係をトレースしてきたこともあるし、私以外にはこのような書籍を取り…

古本夜話1354 百瀬晋、高木六太郎、『飲料商報』

宮嶋資夫の『遍歴』は本探索1289の『エマ・ゴールドマン自伝』ではないけれど、登場人物人名事典を編んでみたいという誘惑にかられるが、それは断念するしかない。そうはいっても『日本アナキズム運動人名事典』が代行してくれる人々も多いからだ。それでも…

古本夜話1353 宮嶋資夫と大下藤次郎

宮嶋資夫の『遍歴』は戦後になってからの回想で、それぞれの確固たる証言や資料に基づくものではなく、彼が思い出すままに書いていった自伝の色彩が強い。そのために時系列、人間関係、社会主義とアナキズム人脈なども交錯し、そこには出版資金、編集、翻訳…

古本夜話1352 宮嶋資夫『遍歴』と古田大次郎『死の懺悔』

宮嶋資夫の『遍歴』におけるアナキズムから仏門への転回点をたどってみると、その発端は関東大震災から昭和初年にかけてのことだったと思われる。 実際に『遍歴』のタイトルが物語るように、宮嶋はこの自伝的著作を「巡礼と遍歴」の章から始め、関東大震災か…

古本夜話1351 笹井末三郎と柏木隆法『千本組始末記』

宮嶋資夫の『禅に生くる』では彼を天龍寺へと誘ったのは「笹井君」で、それをきっかけにして宮嶋はその毘沙門堂の堂守となり、仏門の生活へと入っていったのである。 この「笹井君」は笹井末三郎のことで、柏木隆法によって『千本組始末記』(海燕書房、平成…

古本夜話1350 宮嶋資夫と『禅に生くる』

神近市子の近傍にいた宮嶋資夫の『坑夫』は復刻版が出されていないようなので、『日本近代文学大事典』における書影しか見ていないが、その後、彼が仏門に下り、「蓬州」として著した『禅に生くる』は浜松の時代舎で入手している。四六版上製函入で、昭和七…

古本夜話1349 八木麗子と宮嶋資夫『坑夫』

神近市子の夫の鈴木厚の陸軍画報社との関係から、少しばかり迂回してしまったが、『神近市子自伝』に戻る。八木麗子に言及しなければならないからだ。神近は八木麗子、佐和子姉妹に関して『蕃紅花』の同人で、姉は『万朝報』の記者、妹は神田の英仏和高女の…

古本夜話1348 三つの『家庭雑誌』

もう一冊、博文館の雑誌があるので、これも取り上げておく。それは『家庭雑誌』で、大正十四年四月増大号である。菊判二〇八頁、編輯兼発行人は中山太郎治、すなわち『近代出版史探索』49などの中山太郎に他ならない。(『家庭雑誌』大正13年1月号) 表紙は…

古本夜話1347 民友社「現代叢書」と『極東の外交』

これは意図したわけではないが、本探索において、民友社に関してふれることが少なかった。それは前回既述しておいたように、民友社が当時は看板雑誌『国民之友』を有し、多くの書籍も刊行する大手出版社だったにもかかわらず、意外にその書籍を拾っていない…

古本夜話1346 徳富蘇峰、民友社、『国民之友』

本探索1343で引いた拙稿「正宗白鳥と『太陽』」において、白鳥の雑誌読書史が『国民之友』から始まっていたことにふれている。しかも岡山の読書少年だった白鳥は、雑誌や書籍を郵便通販で入手していたのであり、明治二十九年に東京専門学校に入るために上京…

古本夜話1345 博文館『日露戦争実記』

博文館の雑誌といえば、『太陽』創刊の前年の明治二十七年創刊の『日清戦争実記』、同三十七年の『日露戦争実記』にふれないわけにはいかないだろう。 (第1号) 前者については拙稿「近代文学と近代出版流通システム」(『日本近代文学』第65号掲載、日本近…

古本夜話1344 昭和の『太陽』臨時増刊『明治大正の文化』

『太陽』臨時増刊『明治名著集』と異なり、判型は菊判の「博文館創業四十周年記念」として、やはり増刊の『明治大正の文化』が出ている。これも浜松の典昭堂で一緒に買い求めてきたものである。昭和二年六月の発売だから、おそらく大正六年にも「同三十周年…

古本夜話1343 『太陽』記念増刊『明治名著集』

『大日本』から『日本及日本人』『我観』とたどってきたが、本探索1334で満川亀太郎が『三国干渉以後』で語っていたように、これらは「当時唯一の高級政治雑誌『太陽』」を範とする四六倍判を踏襲していたのである。 その『太陽』創刊号も近代文学館の「複刻…

古本夜話1342 『中野秀人全詩集』と「真田幸村論」

花田清輝、中野正剛、『我観』『真善美』といえば、それらにまつわる前後史があるので、そうした事実にも言及しておかなければならない。 まずは前史からふれてみる。中野正剛の弟秀人は早大中退後、大正九年に『文章世界』の懸賞当選論文「第四階級の文学」…

古本夜話1341 中野正剛と花田清輝『復興期の精神』

先に続けて言及してきた『我観』と我観社は戦後におけるアヴァンギャルド的な出版の水脈へとリンクしていくのである。それは近代出版史の事実からすれば、まったく意外でもないのだけれど、『我観』創刊号、及び我観社の花田清輝『復興期の精神』(初版、昭…

古本夜話1340 石井敏夫コレクション『絵はがきが語る関東大震災』と写真ジャーナリズムの勃興

前回の関東大震災絵葉書のことについて、もう一編書いておきたい。 絵葉書については『震災に巻けない負けない古書ふみくら』(「出版人に聞く」6、論創社)の佐藤周一が最も詳しいので、存命であれば、彼に問い合わせることができるのだが、残念なことに同…

古本夜話1339 紀田順一郎『日本語発掘図鑑』と「日本未曽有関東大震災実況絵葉書」

前回の『我観』創刊号において、雑誌が「芸術品」か「商品」かの問題を提起しているように思われるけれど、一枚の写真も見当らないことは意図的な編集だと考えられる。それは『我観』のような言論誌にとって、写真はふさわしくないとの判断によっているのだ…

古本夜話1338 『我観』創刊号

前回三宅雪嶺が創刊した『我観』第一号が手元にある。これは近代文学館の「複刻日本の雑誌」(講談社)の一冊で、当たり前だが、古本屋で入手した本探索1327の『日本及日本人』の実物よりもきれいであり、現存する最良の『我観』創刊号をもとにした複刻だと…

古本夜話1337 三宅雪嶺と『志賀重昂全集』

『日本及日本人』(『日本人』)が三宅雪嶺や志賀重昂を中心とする政教社から刊行され、そこに前回の鵜崎鷺城『薩の海軍 長の陸軍』、中島端『支那分割の運命』、コナン・ドイル、藤野鉦齋訳『老雄実歴談』、『青木繁画集』、長谷川如是閑『額の男』『倫敦』…